FlowerLeaf

*AriaLien Sub BLOG*

◆夜明けのアリア

夜明けのアリア 6話



この家にピアノ教室の生徒以外が来るのはどれくらいだろうか?


「…」
「お茶、よかったらどうぞ」
「! あ、は、はいっ、あり、ありがとうございますっ」
「…」

居間のソファに座っている其の人は──

(なんか…滅茶苦茶若くない?)

今までほぼ暗闇の中でしか接触していなかったからよく解らなかったけれど、明かりの点った室内で改めてマジマジと其の顔を見ると何処からどう見ても幼い顔立ちをしていた。

「あの」
「は、はい!」

向かいに座った私が一呼吸おいて話し掛けた。

「あなた…いくつ?」
「あ…あの…じゅ、16、です」
「えっ、16?!…って、ちょっと待って…八年前のリサイタルを観たって…」
「はい、8歳の時、オペラ好きの母に連れられて行ったんです。其の、風音さんのファンだった母が絶対素敵だからって」
「…」
「だけど僕、オペラとか全然興味なくて…帰りにレストランでハンバーグ食べさせてあげるからって云われて、其れで渋々付き合ったんですけど」
「…はぁ」

(ハンバーグにつられてって…まさに子ども思考)

「でも実際行ってみて、僕の世界はガラリと変わりました!」
「!」

いきなりダンッとテーブルに手をついて、前のめりになって力強く話し出した。

「最初はなんて綺麗な人だろうとそっちから目が釘付けになったんですけど、風音さんが歌い出した瞬間、其の透き通った声がスゥ~と胸に入り込んで来て、ゆっくりと心臓をグルグル巻きにしたんです」
「…」

(独特の表現をする子ね)

「公演中、ずっと口が開けっ放しになっていたせいか喉が痛かったです。其れに…感動して涙と鼻水が出過ぎて大層酷い顔だと母に笑われました」
「…」
「だけど本当に僕にとっては衝撃的な瞬間だったんです!其れはもう天使が美しい歌を奏でているって感じで…」
「…」
「其れ以来僕もすっかりあなたのファンになってしまったんです」
「…」

何故か彼が私に関する想い出を語る毎にどんどん気持ちは冷えて行った。

「そんな憧れの人が今、目の間に居て話をしているだなんて信じ──」
「幻滅したでしょう?」
「え」

少し苛立った気持ちが湧いて出た。

其の苛立ちのまま、私は彼に向かって言葉を放った。

「…君の憧れだった歌姫が今はこんなにも落ちぶれていて…たった数年の活動で歌姫だなんて囃し立てられて、賛辞されて…だけど今じゃもうまともに歌えない私がいて…こんな惨めな姿になりさがった私を見て幻滅したでしょう?!」
「…」
「なんで…なんで今更私の前に来るのよ…!ファンって…ファンだったら何してもいいって訳じゃないでしょう?」
「…」

完全に八つ当たりだった。

勿論彼は何も悪くない。

彼がどういった目的で私の元に現れたのかは解らないけれど、だからといって私の爆発した不満のはけ口になっていい訳じゃない。

「もう…云わないで…過去の私を……そんなキラキラした目で…思い出さないで」
「…ごめんなさい」
「…」

彼が静かに謝った。

謝る事なんて何一つないのに…

静かでいて、でも薄っぺらい謝罪の言葉ではなかった。


「あの…でも僕は…今でも好きです」
「!」

『今でも好きです』という言葉にドキンと胸が高鳴った。

「初めて見て聴いた姿形、歌声から…声楽界を引退しても尚音楽に携わるお仕事をしていて…昔と変わらない容姿に歌声…」
「…」
「僕はあの時から何ひとつ変わらず素敵なあなたの事が好きです」
「…」


何を…


私の何を知ってそんな事を云うのだろう。


(いっその事『幻滅しました』と云ってくれればよかったのに…)


「実は僕、あの日、初めて観た風音さんの影響でヴァイオリンを始めたんです」
「…え」
「あの時、風音さんの隣で伴奏をする人がとても羨ましくて」
「…」
「僕もいつか風音さんと共演する事が出来たらいいなと思って…母に強請って始めました」
「…」
「8歳から始めるには遅すぎると云われましたが、其れでも僕は風音さんと逢って僕の演奏で歌ってくれるのを夢見て滅茶苦茶頑張りました」
「…ふっ…残念だったわね…君の目指していた夢が叶う事が出来なくて」
「え、何云ってるんですか、叶いましたよ、夢」
「──え」
「先刻、共演したじゃないですか!月明かりの中で、僕が弾いたヴァイオリン協奏曲第4番第2楽章を」
「あ…あれは」

(あれは好きな映画のサントラで…つい)

「風音さんも好きだったんですね、あのパガニーニの映画」
「!」
「僕、あの映画の中のアリアを聴いた瞬間、真っ先に風音さんのイメージが浮かびました」
「…」
「あぁ、僕のヴァイオリンで風音さんが歌ってくれたらどんなに幸せだろうって…」
「…」
「そしたらそんな夢みたいな事が起きて…信じられないくらい嬉しかったんです!」
「あ…あんな…鼻歌みたいなアリアで…」
「──僕にとって風音さんと共演するという夢は、日常生活の中で気軽に愉しめるという意味の夢なんです」
「!」
「大きな舞台でスポットライトを浴びながら演奏するのも悪くないかも知れません。でも僕は其れよりも、たったふたりだけでもいい、ふたりで心から愉しいと思える音楽を奏でたいと思った瞬間に奏でられるという事に憧れるんです」
「…あ」

彼のなんの濁りも穢れもないキラキラした瞳に私が映っている。

心から幸せなんだという気持ちが溢れている彼の笑顔に、私のささくれ立っていた心が凪いで行く様だった。


(なんだかこの子…不思議な子)

ふとそんな事を感じながらも、そういえば名前、訊いていなかったなとぼんやり思ったのだった。

150alia
◆ランキングサイトに参加しています。
1ポチ頂けると執筆の励みになります。

恋愛ランキング
にほんブログ村 小説ブログ 恋愛小説(純愛)へ
にほんブログ村

夜明けのアリア 7話



「わぁ…わぁわぁわぁぁぁぁぁ…!」
「ちょっと…騒ぎ過ぎだから」
「だ、だって…風音さんが作った朝食ですよ?!これが感激しないでどうするんですか!」
「…変な子」
「はい、変な子です、いただきます!」
「…」


私の目の前で私が作った朝ご飯を物凄い勢いでかき込んでいるのは、市ノ瀬 瞬(イチノセ シュン)という16歳の高校生だ。

なんでも知り合いに音楽関係の人がいて、其の人から私の現在を知ったらしく、冬休みを利用して私に逢いに来た──という事だった。

(現在の私を知っている音楽関係者なんていたかしら?)

と思ったけれど、ああいう世界は見えない処で複雑に細く繋がっている部分があったからさほど気に留めないでいた。

家が遠い離島にあって其処から片道分の交通費だけで此処に来て、泊まる処もなく帰りは路上でヴァイオリンを弾いて其れで得たお金で帰るつもりだったと彼は云った。

「…中々無謀ね」
「え、何?風音さん」
「こんな田舎で路上パフォーマンスしたってだぁれも聴いてくれないわよ」
「…うん、思っていた以上に田舎で何もなくて驚いちゃった」
「しかも最寄駅からこの家って随分遠かったでしょう?」
「うん…バスも冬季運行とかって一日に3本しかなくて…この町に着いた夕方にはもう運行がなくて絶望したよ~」
「で、2時間ほど歩いて此処まで来て、空腹と疲れで庭で眠りこけていただなんて…本当に無謀よ」
「ははっ…申し訳ないです」
「…」

私に不審者と思われて家から離れた後の彼は、結局行くあてもなくこの寒空の下、裏山で一夜を過ごそうとしていたらしい。

(だけど怖くなってヴァイオリンを弾いて気を紛らわしていたら…其処に私が吸い寄せられたって訳ね)

しかし話を訊けば訊くほどに呆れてしまう。

(私が16の時ってこんなに行動力あったっけ?)

ついそんな事を考えてしまう。


「風音さん、おかわり!」
「あ、はいはい」

口元にご飯粒がついていると指摘するとほんのり赤くなって慌てて取っていた。

(本当、まだほんの子どもじゃない)

そんな子どもの彼を其のまま外に放っておく事も出来ず、結局私は其のまま彼を家に泊めたのだ。


おかわりをよそったお茶碗を受け取ると、また豪快に食べ始めた。

「…ねぇ、瞬くん。これからどうするの?」
「え」
「君が当初予定していた目論見は見事に外れちゃった訳でしょう?」
「あ…路上パフォーマンス?」
「そう。帰りの交通費っていくらかかるの?」
「あーえっと…かなりかかる、かな」
「じゃあ親御さんに電話したらいいじゃない。迎えに来てくれるんじゃないの?」
「えっ!あ…いや、親は今…か、海外旅行に行ってて…僕は風音さんに逢いに行く計画があったから断って…其の、だから今、家には誰も居なくて」
「…」

(急に歯切れが悪くなった)

彼はまだ私に隠している事があるのだろうかと勘繰った。

(まぁ、いくら私のファンだからといって馬鹿正直に本当の事を云う訳ないわよね)

少し気まずい素振りを見せたけれど、すぐに彼は食事を再開した。


「ねぇ、帰りの交通費、貸してあげるよ」
「えっ」
「家に帰ってから送ってくれればいいから。駅までだって車で送ってあげるし」
「あ…あ、そんな…」
「気にしないで?未成年を保護するのも一社会人としては当たり前の事だから」
「…」
「そうと決まったら早速──」
「あ、あのっ、じゃあバイト、させてください!」
「は?」
「帰りの交通費、稼ぐまで此処でバイトさせてください!」
「…何云ってるの?此処は普通の自宅であって商売をやっている様には見えないでしょう?」
「ピアノ」
「え」
「ピアノ教室ですよね、此処」
「…」
「僕、教えますよ」
「…」
「僕、ピアノも弾けます。あ、希望すればヴァイオリンだって教えるっていうのは?」
「…」
「…あの、其れでもダメなら家事でも庭の草むしりでもなんでもやるので…どうか、もうしばらく此処に置かせてください!」
「…」

必死になって私にお願いする彼の事を凄く冷静に見ている私がいた。

(なんか…予想していたとおりだわ)

心の中の何処かにはあった気持ちだった。



──もう少しだけ…彼といたい



(って!な、何を私はっ!)

えぇ、決して下心がある訳じゃない!

(というか13歳も年下の子どもに邪な気持ちなんて抱かないけど!)

ひとりが寂しくて、久しぶりに私以外の人がいるこの温もりに浸っていたい──って訳でもなく…


(ただ…)


──彼のヴァイオリンでもう一度アリアが歌えたら…


何故かそう思っただけだったのだ。


「…あの…風──」
「解ったわ」
「え」
「バイト、して頂戴」
「!」
「ピアノやヴァイオリンは教えなくていいわ。其の代わり新年に向けてこの家の大掃除をやって頂戴」
「…大掃除」
「ダメ?ヴァイオリンを弾く大事な手をそんな事で汚したくない?」
「ううん、全然そんな事ないよ!」
「!」
「やる、いや、やらせてください!風音さんの住む家を綺麗にさせてください!」
「…」

(驚いた…断っても別の提案するつもりだったのに)

「うわぁぁぁーどーしよー、僕、一生分の運、全部使っちゃったんじゃないのかなぁー」
「大袈裟ね」
「大袈裟じゃないよ!本当、僕にとってはイレギュラーな事ばかりで、幸せ過ぎてどうにかなりそう!」

(本当…不思議な子だわ)


そう。

私は知らず知らずのうちに運命の悪戯──という神々の策略に踊らされていたのだなと、うんと後になって気づく事になるのだった。

150alia
◆ランキングサイトに参加しています。
1ポチ頂けると執筆の励みになります。

恋愛ランキング
にほんブログ村 小説ブログ 恋愛小説(純愛)へ
にほんブログ村

夜明けのアリア 8話



「先生、あの人誰?」
「えっ」

其の日の午後、教室に来た生徒が指さす方にいたのは勿論

「ふふーん、ふーんふんふん♪」

「歌うたいながら床拭いてる」
「あ…あのね、あの人は先生の…えっと、遠い親戚の子で、冬休みの間此処に遊びに来ているの」
「へぇーそうなんだー」
「…」

(そうか…こうやって勘繰られる事もあるんだわ)

其れはそうか。

こんな田舎でひとり暮らしをしている女の元にいきなり若い男がいたら驚くだろう。

(きっとあっという間に近所の人に知れ渡るんだろうなぁ)

其れは仕方がないか、と思いながらもチラッと床掃除をしている彼の方に目をやる。

(随分手慣れているなぁ)

昼食を済ませてから早速掃除に取り掛かった彼は、意外と掃除の心得を持ち合わせている様でてきぱきと事を進めていた。

(今時の若い子にしては珍しい)

訊く処によると、今の若い子は雑巾をまともに絞る事が出来ないとかなんとか。

箒の使い方も、ハタキという道具の存在も知らないとか。

(ましてやヴァイオリンを弾いているのに)

ピアノやヴァイオリンに限らず、手を使う楽器を嗜んでいる者は極力手に負担のかかる事は避けがちだというのに…


「先生?」
「あ、あぁ、ごめんなさい。じゃあこの小節から」

少しでも気を抜くと意識は彼に持って行かれる。

(気を付けなくっちゃ)



──其の後も代わる代わる来る生徒たちにいちいち彼の事を説明する私がいたのだった




「お疲れ様、風音さん」
「…え」

指導を終えてリビングのソファで一瞬ボーッとしていると、テーブルにカップを置きながら彼が労いの言葉を云ってくれた。

「紅茶どうぞ」
「あ、ありがとう」

何処から見つけたんだろうと少し不思議に思ったけれど

(そういえば台所も整理していたわね)

割と目につく処に置いてあった紅茶だったので愛飲している事が解ったのだろう。

「風音さん、紅茶好きなんだよね。昔読んだ雑誌に載っていたプロフィールに好きな飲み物は?っていう質問に紅茶って書いてあった」
「…そんなのあった?」

あまり記憶にない事だ。

「うん。丁度凱旋直後に出たクラシック雑誌で特集されていて…あの時の雑誌、ちゃんと取ってあるんだよ」
「へぇ」
「観る用と保存用ともし万が一失くしちゃったらって時の予備用の3冊」
「へ、へぇ…」

ちょっと驚き過ぎて滑らかに言葉が出てこなかった。

(しかし、そうか)

丁度声楽家として注目を浴びていた頃、何社からも取材を受けた事があった。

ピーク時には自分で全てのものを把握出来ない程に私の周りは高速で時を刻んで行った。

そんなマスコミの持ち上げも、極度のプレッシャーから身体共に声まで壊した事により、手の平を返す様になくなったのだけれど…

(…まるで夢の様な二年間だった)

既に記憶の彼方へ消えつつあった思い出が彼によってじわじわと蘇ってくる予感がした。


「しかし流石風音さんのピアノ教室だね」
「?」
「こんな田舎でピアノに通う子っているのかなって心配していたんだけど…」
「あぁ、寧ろ田舎だから通う子は多いのよ」
「え、どういう事?」
「一軒一軒が遠い距離にあっても此処の人たちの足は主に車で、車に乗れば距離はあってない様なもの。其れにこんな田舎はかえって一世帯あたりの子どもの数は多くて、だけど子どもに習わせる習い事の教室なんかはとても少ないの」
「…あぁ」
「だから車で行ける距離にピアノ教室があれば話の種感覚で其処に通わせてもいいかなと考える親は多いのよ」
「そうなんだ」
「其れに…」
「其れに?」
「…此処は私の故郷だから昔から私の事を知っている人たちが多いの」
「…」
「もっとも中学までしかいなかったけれどね。高校は東京の音楽学校に推薦で入って其のまま音大に進んで…声楽家として活動していた時は帰省する度にお祝いしてくれて…でも夢破れて帰って来た時は何も云わずに優しく迎えてくれて…」
「…」
「いい人ばかりがいる町なの。失くしたものも多かったけれど、此処に帰って来て得たものも沢山あるの」
「…風音さん」
「…!って、何語っているの、私っ!わ、忘れて!」
「ううん、忘れない」
「え」
「風音さんの言葉は何ひとつ訊き逃さない、漏らさない、そして…忘れない」
「…瞬、くん」

真剣な眼差しで見つめる其の視線はとても澄んでいて真摯で…

思わず引き込まれそうになる威力あるものだった。

(この子…)

本当に不思議な子だなと思いながら、何故か顔に熱が集まって来た。

(ちょ…ちょっと待て、私!何高校生に…)

慌てて気持ちを振り払おうとした其の瞬間


ピンポーン


「!」

いきなり鳴ったインターホンの音に心臓が飛び出るほどに驚いた私だった。

150alia
◆ランキングサイトに参加しています。
1ポチ頂けると執筆の励みになります。

恋愛ランキング
にほんブログ村 小説ブログ 恋愛小説(純愛)へ
にほんブログ村

夜明けのアリア 9話



ピンポーン

もう一度鳴ったインターホンに慌てて出た。

「はい」

『あ、あたし、光代』

「え、みっちゃん?」

訪問者は幼馴染みの光代だった。


「いやーごめんね、いきなり」

玄関先で迎えた光代は大きな段ボールを置きながら挨拶した。

「ううん、別にいいけど…どうしたの?愛莉ちゃんの事で何かあった?」

愛莉というのは光代の5歳になる娘で、つい先ほどレッスンに来ていたピアノ教室の生徒のひとりだ。

「あぁ、違う違う。えっと…」
「?」

話途中でトーンダウンした光代は耳を貸せというジェスチャーをした。

「若い男がいるんだって?」
「えっ!」

耳打ちされた言葉に激しく反応してしまった。

「愛莉によれば親戚の子だっていう話じゃない。でもさ…違うでしょ」
「な…なっ」
「あんたひとりっ子だし、従兄妹もいないって云っていたじゃん。何処の親戚の子だって思ったらさ…ふふっ」
「~~~」

そうだ。

此処等辺のみんなは私の親戚関係に詳しい人ばかりだ。

(くっ!子どもには通じる嘘も大人には無理か)

よく考えれば解りそうな事だった。


耳元で囁いている光代の話はまだ続いていた。

「みんな心配していたんだよー早くイイ婿でも来ないかねぇって。酒屋の重さんなんて密かにお見合い相手探していたんだって云っていたよ」
「はぁ?」
「でもさ心配いらなかったねーってみんな盛り上がっているよ」

(あぁ…もう目に浮かぶようだわ、其の光景)

「でね、これみんなからの差し入れ」
「…あ」

其処でやっと光代は私から放れ、持って来た段ボールを開いた。

其の中には野菜や肉、そして新鮮な魚。

中には誰かが作った惣菜が入った器まであった。

「これでおもてなししなってみんなからの伝言」
「…あ、ありがとう」

不覚にもちょっとうるっと来た。

(勿論瞬くんの事を誤解されたままでいい訳ではないのだけれど)

「で、これはあたしから」
「? 何」

そっと掌に乗せられた箱を見てギョッとした。

(ちょ…こ、これっ!)

「相手が持っているかどうか解らないでしょう?まぁ風音は当然持ってないよね」
「な…なっ…」
「いくら好き合っててもちゃんと結婚するまでは避妊した方がいいからさ」
「も…もう!そんなんじゃないって──」
「はいはい、じゃあねー頑張ってね!いい報告待ってるからっ」
「あ、ちょっと、み──」

箱を突き返そうと思い手を伸ばしても其れを交わして光代はあっという間に車に乗り込んで走り去って行ってしまった。


「…ちょ」

(ちょっとぉぉぉ~冗談じゃないわよ!)

私の掌に収まっているコンドームの箱がやけに重たく感じた。

(何?傍から見たら私たち…そういう事をしそうに見えるって事?!冗談でしょう?あの子、まだ高校生よ?!)

「あ…ありえない…」

「…風音さん?」

「!!!」

背後から聞こえた声に飛び上る程に驚いた。

「お客さん、帰ったの?」
「あ…う、うん」

咄嗟に手を後ろにやって精一杯なんでもない表情をした。

「? 段ボール」
「あ、あのね、これ瞬くんを見掛けた人がおもてなしするのにどうぞって差し入れしてくれた食材」
「えっ!ぼ、僕のために?!…うわぁ…そんな…いいのかなぁ」
「いいのいいの、みんな誰かの家にお客さんが来たら差し入れするって昔からのやり取りがあって…此処ではごく普通の事だから」
「凄い、人情の町なんだね!」
「う、うん…」

(其の人情も時にはいい悪いがあるけどね)

「じゃあキッチンまで僕が運ぶね」
「あ…重たいから気をつけてね」
「大丈夫、こう見えても力、あるからね」

そう云って瞬くんは軽々と段ボールを抱え、キッチンに向かって行った。

(この隙に…)

私は慌てて自室に行き、机の引き出しに箱を仕舞った。


「…はぁ」

ごく短い時間でとても厭な汗をかいた。

(何よ、みっちゃんったら…変な誤解しちゃって)

幼馴染みの光代とは子どもの頃からの付き合いだった。

もっとも進んだ道はお互い正反対で、光代は地元の高校を卒業と共にずっと付き合っていた年上の彼氏と出来ちゃった結婚をして現在は4人の子持ちになっていた。

此処に住み続けている友だちは概ね光代と似たり寄ったりの人生を歩んでいて、唯一私だけが独身のアラサー女だった。


(…結婚…かぁ)

ふと胸に去来した虚しさは、キッチンから聞こえた私を呼ぶ声にかき消されたのだった。

150alia
◆ランキングサイトに参加しています。
1ポチ頂けると執筆の励みになります。

恋愛ランキング
にほんブログ村 小説ブログ 恋愛小説(純愛)へ
にほんブログ村

夜明けのアリア 10話



いい意味では親切、悪い意味ではお節介な近所の人たちの好意により、其の日の晩ご飯はとても豪華なものになった。


「うぅーん、美味しい!」
「相変わらず美味しそうに食べるのね」
「だって本当に美味しいよ!刺身に天ぷらにきんぴらごぼう、炊き込みご飯に具沢山味噌汁!あぁ、和食、万歳!」
「…」

(…あれ?)

なんだかほんの少し違和感が胸の中に湧いた。

「風音さん?」
「え…あ、うん、私も和食が一番好き」
「だよね!風音さん、ウィーンにいた時一番辛いのは日本食が食べられない事だって云っていたもんね」
「其れも雑誌からの情報?」
「うん。其の時はそんなに辛いのか、ウィーンの方が美味しいものいっぱいありそうなのにって思ったんだけど」
「…だけど?」
「──あ…あーううん、なんでもない」
「…」

ちょっとした事なんだけれど、時々瞬くんとの会話で変な違和感を感じる事があった。

ただ、其の違和感がどういったもので何を示しているのかは解らないのだけれど…

(…まぁ、いいか)

深く考える事はしたくないなと、この時は思ったのだった。



其れから遠回しな近所の人たちの生温かい眼差しの中、年末の慌ただしい数日が過ぎていた。

瞬くんのバイトという名のお手伝いのお蔭で今年の私は随分楽をさせてもらえていた。

そんな日々の中で私には少しずつ芽生えて来た気持ちがあった。


「風音さん、食後に紅茶飲む?」
「あ、今はいいわ。お風呂上がりにお願い」

食後、いつもの様に瞬くんは率先して食器の洗い物をしていた。

前に私も手伝うと云ったのだけれど「バイトなんで」と云って頑なに手伝う事を拒まれていた。

(本当…今時の子にしては珍しいな)

昼間の掃除の仕方といい、こなす家事全般がとても慣れているのだ。

(…もしかして本当は高校生じゃない、のかなぁ)

そんな事まで考えてしまうほどに彼の家事能力は高かったのだ。

「じゃあ先にお風呂どうぞ」
「え、いいわよ、瞬くん先に入ったら?」
「ううん、僕、動き過ぎて汗かいているから後で入る方がいいな」
「…そう、じゃあお先に」
「うん」

にっこりと微笑まれてまた胸がドキッと高鳴った。



(…不味いなぁ)

天井から雫が垂れてポチャンと音を立てて湯船に落ちた。

出逢った初めからファンだと懐かれて、一度気を赦すとあっという間に心に入り込む其の存在感。

(天性のものかな)

湯船に鼻まで浸かり、ブクブクと泡が立つ。

(頭では、理性では解り切っている)

彼は単に私のファンで、其れが未だに持続している稀な子。

ただ憧れの気持ちが昂った結果、此処まで訪ねて来た行動力のある子。

憧れていた人物と実際近い距離にあって、話して寝食を共にしたら其の気持ちはどの様に変化するのだろう?

(…って考えるまでもない)

彼は16歳。

高校生だ。

そんな彼がいくら憧れの人だといっても30間近の女に憧れ以上の気持ちを持つとは到底思えない。

(解っている…解っているから)

頭の中で巨大なブレーキが金切り音を上げている。


まだほんの短い時間だけれど、彼と一緒に居る時間があまりにも愉しくて…

失恋して弱っている心の今、そんな愉しさと幸せを感じたらどうなってしまうかなんて…

アラサー女には解り切っている事なのだ。


(……うん…解っ…だから…もぅ……)








「風音さん!」
「………ぇ」

ゆさゆさ揺さぶられる感触で意識が戻って来た。

「風音さん、大丈夫?!」
「……」
「何処か苦しくない?!救急車、呼ぶ?!」
「……んで」
「え」
「…な、んで…瞬くん…泣いて、いるの…」
「~~~」

一瞬置かれている状況が呑み込めなかった。

気が付けば私は何枚かのバスタオルでグルグル巻きにされて脱衣所で寝かされていた。

浴室の扉越しにお風呂上がりに飲む紅茶はホットかアイスかを訊きに来た瞬くんは、私の返事がなかったのを不審に思って何度も確認して扉を開けた処、浴槽に沈みかけている私がいたのだと泣きながら説明した。

(あぁ…考え事し過ぎて逆上せて気絶したのか)

ようやく事の重大さを認識したものの、なんだか頭がボゥとして上手く思考が働かない私だった。

150alia
◆ランキングサイトに参加しています。
1ポチ頂けると執筆の励みになります。

恋愛ランキング
にほんブログ村 小説ブログ 恋愛小説(純愛)へ
にほんブログ村

Author
閲覧PV数

    総閲覧PV数
    • 累計:

    閲覧人数
    • 今日:
    • 昨日:
    • 累計:

    参加しています