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*AriaLien Sub BLOG*

結んで拓いて

結んで拓いて 1話




我が家に眠る古い文献は所々が虫に喰われていて其の全貌を推し量る事は叶わない。

ただ脈々と云い伝えられて来たのは、我が五條家の祖は平安時代、天文道・暦道・陰陽道の三部門全てを掌握していた陰陽家・加茂忠行を師とし、あの阿倍晴明と共に学んだ者だと云う事。

尤も祖は晴明の様に貴族お抱えの陰陽師として大きく世間に名前の知れた有名人ではなく、庶民相手の万屋の様な家業を興し民衆に広く親しまれた庶民派陰陽師だった事から其の名は歴史に記される事はなかった。

ただ其の思念は昔から今に至るまで静々と受け継がれて行き現在の五條家を形作っていた──





「もうご心配要りませんよ。この中に籠っていた善くない気は全て散らせました」
「あ…ありがとうございます!これで安心出来ます」
「あまり亡くなった方の事を想い引きずらないでください。死した者には次に行く場所があるのです。其れを生きている者の勝手で現世に留まらせてはいけません」
「…はい…そうですよね…解ってはいるんです。いるんですけど…」
「哀しい時は思い切り哀しんでください。其の後は亡くなった方との愉しかった思い出を時折懐かしむ程度に想い馳せてあげてください」
「……はい…はい…」


──人の強過ぎる想いは時として不幸を招く

目に見えない事が多過ぎてそんな中から生まれた些細な誤解から生活が乱される事はあってはならない。



「たかおみおじさん」
「おや、真臣じゃないか。遊びに来たのかい?」
「うん、おとうさんとおかあさんはおじいちゃんのところにいるよ」
「そう」
「ねぇ、さっきのおんなのひとのうしろにずっとくっついているひとがいたけど…」
「あぁ、あの方は彼女の守護霊様だよ。彼女の事が心配で今少し此方に来ているみたいだ」
「ふぅん…じゃあもうすぐかえっちゃうんだね」
「そうだね。彼女を悩ませていた善くない者は本来いるべき場所に還って行ったからね」
「…ふぅん」
「…」

三兄弟の末っ子の幸臣の息子、真臣は不思議な子だった。

五條の血が一滴も入っていないというのに仄かに匂う五條家縁の気質に時々驚く時がある。

「ねぇねぇ、またおはなしきかせて?」
「なんだい、真臣は古臭い話を訊くのが好きなのかい?」
「うん!おんみょうじのこと、もっとしりたい!」

真臣がちいさい時から絵本の読み聞かせと称し、五條家の歴史を面白可笑しく話していたらいつの間にかすっかり気に入ってしまった様だった。

「真臣はこういう仕事に興味があるのかい?」
「こういうって?」
「人に悪さをする霊を祓ったり、見えない物に対する不安を取り除いてあげる仕事だよ」
「…」
「あれ、興味ないかい?」
「ぼく…たかおみおじさんみたいにはなれないよ」
「え」
「だってたかおみおじさん…すごいひとだもん」
「…」
「ものすごーくつよいおんなのひとがみかたについているからすごいんだよ」
「…」
「ぼくにはそんなつよいおんなのひとがいないからたかおみおじさんとおなじしごとをしてもきっといつかこわれちゃう」
「!」

何を云っているのだろう──と思った。

(いつか壊れる──)

とても恐ろしい言葉だ。

(…この子は意味を解っていて話をしているのだろうか)

「たかおみおじさん、はやく!ごじょうけのひみつのくらにいこうよ」
「…そんなに急がなくても蔵は逃げやしないよ」

瞬時に5歳児らしい振る舞いになった甥っ子に常に感じていた畏怖。

彼は何者なんだろうという思いがいつもあった。

しかしこの僕の力を持っても彼の本質は見えやしなかった。

(本当に不思議な子だな)

真臣に手を引かれながらそういえば、と思い出す。

『ものすごーくつよいおんなのひとがみかたについているからすごいんだよ』

つい先刻真臣が放った言葉。

(あれは…彼女の事、なのだろうか)

不意に彼女はどうしているのだろうと思った。


五條家本家の現当主、五條 忠臣(ゴジョウ タダオミ)の長男として生まれた僕、五條 尊臣(ゴジョウ タカオミ)は生まれた時から五條家の次期当主として他の兄弟とはほんの少し違った扱いを受けて育てられて来た。

核となる陰陽道に始まり、おおよそ人を束ねる事に必要と思われるありとあらゆる教養を学んだ。

其処に僕自身の意志は存在しなかった。

いや、存在してはいけなかった。

周りから与えられる物事は僕から何か大切な物を奪って行く様な気がした事に気が付いたのは随分大きくなってからだったと思う。

だけどそんな僕に周りから与えられたもので嬉しかったものがたったひとつだけあった。


──其れはまだちいさく固い蕾の花


僕だけに与えられた其の類まれな花をいつか僕自身の手で手折(タオ)り散らす事になっても…

欲する気持ちは決して無くなりはしなかった。

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結んで拓いて 2話



其の日が私の運命の日になるなんて全然思いもしなかった──


「こら!十和子、いい加減にしなさい!」
「やだやだやだ!本当~~に厭だぁぁぁぁぁぁー!!」

しがみついた柱は細過ぎてじわじわと指が滑って行きもうすぐにでも放れそうだった。

「どうしてそんなに厭がるのよ!あんた、ちょっと前まではすっごくノリノリだったじゃない」
「だって…だって…いざとなったら何かおかしくない?って思っちゃったんだもん!」
「…」
「お母さんこそなんでそんなに必死なのよ!やっぱりお金の誘惑に負けたの?!」
「十和子!」
「!」

いつもは出さない真剣な恫喝にビクッと体が撓った。

恐る恐る母の方を見ると何ともいえない表情を浮かべて私を見ていた。

「…十和子、其処に座りなさい」
「…」

こうなった時の母はいつものように軽口を叩く事が出来ないと娘ながらに解っているので素直に従った。

「──まずは、これだけはハッキリと云っておくわね。お母さんはお金をどんなに積まれたって可愛いひとり娘を売ったりしません」
「…はい」
「十和子が幸せになる事だけを一番に考えてお母さんは今まで十和子を育てて来ました」
「…はい」
「だからお母さんは十和子が不幸になる事を無理矢理強行する事はありません」
「……」
「最後、返事は?」
「…あの…其処、解らないんだけど」
「何処」
「私が不幸になる事を無理矢理強行しないって処。だって今まさに私が不幸になりそうな事を強行しようとしているんですけど」
「不幸にはなりません」
「なんで其処まできっぱり云えるの?!だって…そんな逢った事も喋った事もない人とお見合いさせられて結婚させられるだなんて!」
「あら、逢った事あるわよ。喋った事もあるわよ。其れにお見合いじゃなくてもう婚約者同士なの」
「! だからそんなの私がまだ赤ん坊の頃の話でしょう?!お母さんと相手の…よく知りもしない家との間で勝手に決められた!」
「とてもよく知っているわよ──五條さんはお母さんと十和子の恩人なんだから」
「…」

思わず頭を抱えた。

母はまるで悪徳宗教に洗脳されているかのような妄執に憑りつかれている。


私は母の語る昔話をずっと訊かされて生きて来た。

私が乳飲み子だった頃、病気で夫を亡くした母は生きる事に絶望して私を道連れに自殺しようとしていた。

橋の欄干に手を掛け身を乗り出した瞬間、其の体はひとりの男性によって支えられた。

『自ら命を失くそうとしては行けません。見えないかも知れませんがあなたの愛する人も必死になってあなたを止めていますよ』

男性の言葉に泣き崩れた母は男性に身の上話を訊かせた。

其の結果、男性は己が身を置く環境を話し、そして母に生きる意味と義務を与えた。

『あなたの抱えている娘さんはいずれ私たち一族に大きな繁栄をもたらすでしょう。是非私の息子の伴侶として迎えたい。其の時が来るまであなたは娘さんを慈しみ育てる義務があるのです』

母は其の言葉によって絶望の淵から這い上がり、以後其の男性の庇護の元私を育てて来た──という昔話。


(確かに其の男性…五條さんっていう人がいなかったら私は今生きていられたかどうか解らないけどさ)

だけど、だからといって娘の結婚相手をそんな簡単な事で決めていい訳?!

(いや、よくない!いい訳がない!)

ちいさい頃から母に訊かされて来た呪文のような言葉。

『いい?十和子には素敵な婚約者がいるの。だから其の人に相応しい女性にならなくては駄目よ』

そんな言葉にうっとりしていたのは精々中学生までだ。

高校生になってからそんな話はなんかおかしくないか?と思う様になった。

周りの友だちが恋バナをする度に、私には其処に雑じれる様な恋愛話が何ひとつないのだ。

一度親の決めた婚約者がいる──なんて話をしたら滅茶苦茶笑われてしまった。

しかも相手が30過ぎのおじさんだと知ると其れは益々おかしな話として捉えられてしまった。

あり得ない、漫画の中の話、気持ち悪いよ等々。

今日日の女子高生にとって、親の決めた年上の相手との結婚なんて恋愛はあり得ないのだ。


「ね、解った?だから早く支度をして──」
「だから…厭だって云ってるじゃん!」
「…」
「そんなよく知りもしない人との結婚なんて…そんなの幸せだなんて思う訳がないっ」
「…十和子」
「やだ!」

拗ねて体育座りした私は母に背を向けて俯いた。

お互い無言になった時間が数十秒。

「──解ったわ、十和子の気持ち」
「…え」

母のため息混じりの言葉に素早く反応した私は固まっていた体を解いた。

「十和子がどうしても尊臣さんと結婚するのが厭だというなら…お母さんからお断りの話をするわ」
「お、お母さん…」

(嘘!あんなに頑なだったのに)

私の心からの思いが通じたのだと歓喜の気持ちに包まれる。

「だけど、今日の顔合わせには出て頂戴。其処で尊臣さんとお話して、どうしても駄目って事になったら──話は其れからよ」
「……ぅ、うん…解った」

(やっぱり今日の顔合わせには出なきゃいけないのか)

本当なら其処から拒否したかったのだけれど、これ以上駄々を捏ねても無理なようなので妥協する事にした。


──そんな訳で私はこの日、初めて【婚約者】という人と逢う事になったのだった

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結んで拓いて 3話



五月の連休の最初の其の日はとても暖かな穏やかな日和だった。 

「…」
「十和子、口、開いてる」
「! あわわっ」

タクシーに乗ってやって来たのは家から40分程走った小高い緑豊かな広大な場所だった。

木々を除ける様に囲まれている白い塀は何処までも続いていて、そんな中にポッカリ開いた空間に重厚な木の扉が鎮座する正面玄関があった。

ピンポーン

母が扉の横に無機質にはめられているインターホンを押すと中から声がした。

『安部様ですね?只今開錠いたしますのでどうぞ中においでくださいませ』

其の声が途切れて直ぐにガチャンという重々しい音と共にギキキキィ──と重そうな扉が人ひとり通れそうなほど開いた。

「さぁ、行くわよ」
「う…うん」

母は慣れた様子でどんどん中に入って行く。

(何…此処…)

門から中に入っても見えるのは細い石畳が延々に続く道で、其の両脇はやっぱり木々に覆われていた。

「お母さん…此処…大丈夫?」
「え?何が」
「…なんだか…ちょっと」

この空間に入った途端なんだかおかしかった。

どうおかしいのかよく解らなかったけれど…

(なんか…体が何処かに引っ張られて行く様な…)

体に力を入れていないとグンッと何処かに連れて行かれそうな気がして仕方がなかった。

「あまりにも大きなお屋敷でビックリした?お母さんも初めはビックリしちゃったけど、慣れって怖いわね。今じゃすっかり観光地に来たみたいな感じになっていて── 十和子?」

近くで聞こえていた母の声がどんどん遠ざかっている。

(え…えっ…な、なんで私…)

気が付くと足が木々の中を縫って勝手にどんどん進んで行く。

(ちょっと!なんで、何処に向かっているのよ)

何故か自分の意識とは関係なく脚が、体が勝手に意志を持ったかのようにどんどん奥へと進んで行くのだ。

気持ちだけではどうする事も出来なくて私は其のまま引き寄せられる様に足を運んだ。


やがて


(えっ…)


開かれた視界に広がるのは一面の紫──だった。

ザァと風が吹いたと同時に其のいくつもの紫がゆさゆさと揺れた。

「あ…藤…?」

其処は一面の藤棚だった。

多分今が見頃の時なのだろう。

ちいさな紫の花が連なって見事に垂れ下がっていた。

「凄い…綺麗っ」

あまりにも美しい其の絶景を眺めながら歩を進めると

トンッ

「あっ」
「おや、迷い込んでしまったのかな」
「!」

ぶつかった背の高い着物姿の男の人にドキッとした。

(こ、この人──!)

瞬間、私の中に湧き上がった感情。

其れは私の胸を熱く高鳴らせた。

「…十和子ちゃん、でしょう?」
「あっ、あの…」
「初めまして──ではないのだけれど一応ご挨拶を。僕が五條尊臣です」
「!」

(やっぱりこの人が…)

私の直感が当たった事にも驚いたけれど、何よりも驚いたのは

(き、ききき、綺麗過ぎじゃない?!)

長い髪を風に揺らしながら優雅な表情を浮かべている其の人があまりにも綺麗な立ち居振る舞いでいるものだから思わずボーッと見惚れてしまった。

「十和子ちゃん?あんまり口を大きく開けていると虫が入りますよ」
「!」
「虫も危険だと解っていても甘い吐息に誘われれば躊躇いなく其処へ飛び込んで行くでしょうし」
「~~~」

(な、なんだ…この雅な人はっ!)

今まで逢った事もない種類の人を前に、私はだらしがなくブルッと震えてしまった。

「おや、寒いかい?五月とはいえまだ肌寒い時もあるのかも知れないね」
「!」

そう云いながら尊臣さんは羽織っていた着物を私に掛けてくれた。

「母屋に行こうか」
「あ…あの…私…」
「ん?」
「私…安部十和子です…」
「うん、知っているよ」
「な、なんで?!あの、今日初めて逢ったんですよね?」
「正確に云うと二度目、なんだけれどね。十和子ちゃんが生後9ヶ月の時に逢っているから」
「! そんな赤ちゃんの時に逢っていたって…私だってなんで解って──」
「君も解ったでしょう?」
「え」
「僕を見て、解ったでしょう?僕が尊臣だと」
「…」
「君の婚約者だと──導かれて此処までやって来たんだよね?」
「…」


其れは不思議な出逢いだった。


──いや、二度目の出逢い…なのだから再会、と呼んだ方がふさわしいのかなと、そんな事を考えていた私だった

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結んで拓いて 4話



「なぁ、尊兄の婚約者っていくつ?」
「確か…もうすぐ16歳になるって云っていたかな。この春高校に入学したそうだから」
「ゲッ、そんなに若いんか。え…尊兄って今年…」
「34」
「おいおい…其れって犯罪じゃないか?!いくらなんでも18歳差って…」
「いいんじゃないか?うち、特殊な家だし。跡取りの嫁は昔から年齢容姿家柄重視じゃなくて──」

「噂話は其処ら辺にしておきなさい」

「「!!」」

母屋に連れて来られて長い廊下を歩いていると話し声が聞こえて来た。

尊臣さんと私はしばらく足を止めて立ち訊きするような形になってしまったのだけれど…

(え…跡取りの嫁って…私の事…?)

『跡取りの嫁は昔から年齢容姿家柄重視じゃなくて──』

(其の後、なんて云おうとしていたんだろう)

肝心の処を訊く前に尊臣さんは話声がしていた部屋に入って行った。

「輝臣も幸臣もいい歳をして下世話な話をするんじゃないよ」
「あ、兄貴…笑顔が怖いよ」
「尊兄、俺、別に悪い事云ってないよ…うん、云ってない」

(中にいるの…尊臣さんの弟さんたちなんだ)

尊臣さんは三人兄弟の長男だと訊いていた。

次男のてるおみさん、そして三男のゆきおみさんはもう其々家庭を持っていて此処には住んでいないとも。

「十和子ちゃん、入っておいで」
「!」

廊下に佇んでいた私は尊臣さんに呼ばれおずおずと部屋の中に入った。


──瞬間


「わっ!」
「ゲッ!」

(わぁ…凄い、この部屋の中に美形が三人揃っている!)

と私が心の中で驚くよりも先に聞こえた、尊臣さん以外のふたりの男性の驚きの声にビックリした。

「…凄…っ…何、この子…」
「ちょ…ヤバっ…重い…」

ふたり共なんだか驚き顏から苦痛に満ちた顔つきになった。

「え?…あ、あの…」

訳が解らない私はポカンとしてしまう。

「十和子ちゃん、心配要らないからほら、僕の隣に座って」
「…はぁ」

尊臣さんに云われて私は懼る懼る尊臣さんの隣に座った。

広い和室に鎮座する立派な一枚板のテーブルを挟んで向かい側の弟さんふたりを見つめる。

すると

「ちょ…ごめんね、オレ、席外すよ」
「お、俺も!ちょっと──」

「…」

そんな事を云ってふたりはバタバタと部屋から出て行ってしまった。

(え、えっ…どういう事?!)

訳が解らなくてまたポカンとしていると隣からくくっと押し殺した様な笑い声が聞こえた。

「え」
「ふっ…あのふたりが…脱兎の如く逃げ出したよ…くくっ…あぁ愉快だなぁ」
「…」

(何がそんなに可笑しいのかな?)

尊臣さんはしばらく肩を震わせながら笑っていて、私はただ其れを見つめるだけだった。


「十和子?」
「え…あっ、お母さん!」

部屋から去ったふたりと入れ替わる様に入って来たのは母だった。

「もぉ~急にいなくなったからビックリしたわよ」
「ごめんなさい。なんか…よく解らないんだけど気が付いたら…」
「僕の元に来てくれました」

(あ…元の雅な人に戻っている)

先刻まで其の麗しい顔を崩しながら笑っていた尊臣さんはもうきちんとした顔に戻っていた。

「まぁまぁ、尊臣さん、お久し振りです。あぁ…ご立派になられて…」
「恐縮です。まだまだ半人前でありますが」
「いえいえ、はぁ…安心しました。こんな立派な方に娘を嫁がせる事が出来るなんて…」
「えっ?!」

母の言葉に敏感に反応した私はテーブルをバンッと叩きながら反論した。

「ちょっと待ってよ、私、まだ結婚するとかって考えていないんだけど!」
「おや、そうなんですか?」
「!」

母に反論した言葉を受けて尊臣さんは少し表情を曇らせて呟いた。

「十和子ちゃんは僕が相手では不服──という事ですか」
「あ…い、いえ…ふ、不服とかってそんな…」
「だって僕の処にお嫁に来るのは厭、なんですよね?」
「あ、あのですね…よく知りもしない人の処に『ハイ、お嫁に行きます』なんて直ぐに承知出来る訳ないですよね」
「…」
「尊臣さんだって…私の事をよく知らないでしょう?そもそも逢ったのだって私が1歳にも満たない赤ちゃんの頃の一回きりで」
「いいえ、僕の方は十和子ちゃんの事をよく知っていますよ」
「……は?」

(どういう事?)

「尊臣、おまえ──式を使っていたのか?」
「!」

いきなり聞こえた重厚な低音ボイスに戸惑っていた私はドキッとした。

「父さん──えぇ、使いましたね」

(えっ!父さん…って事はこのお屋敷で一番偉い人?!)

「全く…油断も隙もないな、おまえは」
「当然でしょう?未来の妻がどの様な女性なのか、どのように育っているのかが気にならない男はいないでしょう」
「…まぁ、多少強引ではあるが其処までの事をして尚、今回この席に文句も云わずに出たという事は」
「はい、僕は十和子ちゃんの事が気に入っています。是非妻として迎えたい」

「??!!」


なんだか私の知らない処でドンドン話が進んで行き、もはやいちいち驚きの声を発する事すら忘れてしまっていた私だった。

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結んで拓いて 5話



『はい、僕は十和子ちゃんの事が気に入っています。是非妻として迎えたい』

尊臣さんの其のハッキリとした意思表示に私は面喰っていた。

(なんで…何で其処までキッパリ云えるのよ)

「おまえが其処まで云うのなら私の目に狂いはなかったという事だな」
「勿論です。誰が父さんの決めた事に反論出来ますか。心の中では最初から受け入れていましたよ」
「よう云うたわ。しかし式を使うとは…やり過ぎではないか」
「其れはまぁ…生活の張りというか潤いというか」

(ちょっと…ちょっとちょっと)

「ちょっと待ってください!先刻から何の話をしているんですか!」

私は思わずふたりの話の間に割って叫んだ。

「これはこれは…自己紹介が遅れましたな。十和子さん、私がこの五條家現当主の五條忠臣です。其処の尊臣の父です」
「あ…は、はい…あの、安部…十和子です」

不躾な云い方をしてしまった私に対して五條忠臣さんという人はとても丁寧に挨拶してくれた。

多分、とても偉い人なんだろう人からそういう態度を取られると思わず恐縮してしまって先刻までの威勢がなくなってしまう。

「ふむ…まこと健やかにお育ちになりましたなぁ…」
「はぁ…?」

なんだか繁々と見つめられ、そして何故か感慨深い表情を浮かべた。

「これは…私でも少々キツい放出だな──おまえは平気なのか?」
「えぇ、逆に今まで失っていた分を僅かですが補給させていただいています」
「其れは…よほど相性がいいのだろうな」
「ですね。先ほど輝臣と幸臣が一目見て慌てて逃げ出しました。もう可笑しいのなんのって」
「ははっ、そりゃあの子らにはキツ過ぎるだろうな──なるほど…申し分ないな」
「はい」

(また私には解らない話を…)

チラッと母を見るとやけにうんうんと頷きながらふたりの話を訊いていて、なんだか私ひとりが蚊帳の外にいるみたいで居心地が悪かった。

「十和子ちゃん」
「!」

不意に肩に触れた温かな掌にドキッとした。

「ほったらかしにしてすみません──少し場所を移しましょうか」
「え」

尊臣さんにそう云われて手を引かれた。

「尊臣、無体な事はするではないよ」
「肝に銘じています」

にっこりと微笑みかける尊臣さんにやっぱりドキッとする。

「十和子、お母さんは忠臣さんとお茶しているから。ゆっくりね」
「え…えぇ~っ」

母にもにこやかに送り出されて何とも妙な気持ちになったのだった。




尊臣さんに連れられて来たのは母屋から離れた平屋の建物だった。

「此処は…」
「僕の住まいです」
「えっ…住まいって…」
「母屋とは別に居を構えているんです。とはいえ狭い1LDKですが」
「…」

マンションの一室が一軒家であるって感じのちいさな家だったけれど、其れでも庶民の私からみれば其れは凄いなと思う事だった。

中に通された私はリビングを見てまた驚いた。

「あ…洋風、なんですね」
「あぁ、意外ですか?まぁ外観はまるっきり和風の作りでも中は洋風というのはギャップがありますか」
「其れもあるけど…なんだか尊臣さんのイメージからてっきり畳のお部屋かと」
「普段の仕事が和式だからね。せめて家では楽にしたいなと思ってソファを置いたりベッドで過ごしたりしているんですよ」
「そうなんだ…ちょっと意外だったから驚きました」
「ふふっ、見かけがこれでもごく普通の一般の人と同じ生活をしているよ」
「…」

案外私たちと変わらない生活をしているのかなと少しだけそんな処が見えた事に安心した。

初めて見た時、なんだかとても遠い存在の人──ってイメージが強くて気後れしていたから。

「十和子ちゃん、紅茶でいいかな?其れともジュースの方が」
「あ、紅茶でいいです」
「そう、じゃあソファにでも座って寛いでいて」
「はい…」

お言葉に甘えてソファに座って其の辺りをキョロキョロ見渡していた。

物が少なくて小奇麗にしている内装はよく云えばさっぱりしていて、悪く云えば無機質な少し温度の低い印象を受ける。

(なんだろう…また少し肌寒いなぁ)

思わず掌で体を擦った。

「十和子ちゃん、寒い?」
「あ…」

トレイを持ってリビングに戻って来た尊臣さんが私の隣に座ってそっと肩に手を置いた。

其のまま流れる様な動作で尊臣さんは私の体を抱きしめた。

(えっ…!)

「ちょっとごめんね。少し我慢していて」
「…」

尊臣さんに抱かれる事数十秒。

其の間、なんだか私の体から細い糸がまかれる様な感覚がした。

(な…なんだろう…この妙な…感じ)

妙──ではあるけれど、決して不快なものではなく、見えない細い糸がスルスルと体の中から巻き取られる様な…

(あぁ、なんて表現したらいいんだろう)

そんな事を考えているとスッと尊臣さんは私から離れ、そして立ち上がって部屋の四隅に順に立って何かをしていた。

「…あの、尊臣さ」
「ごめんね。ほんの少しだけお喋り待ってもらっていていいかな」
「あ…はい」

後ろ向きのまま紡がれた声が柔らかいものの中に少し厳しさが混じっているのを感じて私は黙った。

全ての角を回る間、私はジッと尊臣さんの後姿を眺めていた。

(綺麗な人は後ろ姿も綺麗なんだなぁ)

なんて呑気な事を考えてしまっていた私だった。

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