「凛子さま、このビル全てが【リンテン】の本社社屋です」
「…」
「主な業務はレンタル業ですが、最近は様々な業種にも携わっています。倒産寸前の企業を幾つか買い取り新たに再興したりと其れはもう一括りでは説明しきれない程の手広さでございまして」
「…」
「お屋敷にいた時から社長は優秀な方だったと噂で訊いていましたが、まさかこれほどまでとは思わずもうただただビックリのひと言です」
「…えーっと…」

先程から私に懇切丁寧に事情を話してくれているこの人は受付嬢の牧山恵美子さん。

元は早乙女家で私の身の回りの支度をしてくれていた人だ。

(薄っすら記憶にはあるのよ…確か私よりも3~4歳年上で綺麗な顔をしているなって感じで覚えていた様な…)

「社長が凛子さまを奥様として迎えた事を知った時は驚きましたが、今では早乙女に勤めていた従業員皆が祝福しています」
「あ…そ、そう…」

(ってまだ正式な奥さんじゃないんだけど…まぁいいか)

彼女曰く、天眞は解雇した屋敷の従業員の何人かを新しく起こしたこの【リンテン】の従業員として雇い直していたとの事。

実際起ち上げた当時の【リンテン】は小さな会社でとあるビルの一室から始まったそうだ。

其れが天眞の手腕であれよあれよという間に大きく成長して行き、会社発足から一年も経たずにこの5階建てのビル丸ごとが本社となり従業員もざっと10倍に増えたとの事だった。

(い、いつの間にそんな事にっ!)

真実を訊かされ驚くしかなかった。

(っていうか天眞、滅茶苦茶デキる社長なんじゃ)

家で見ている天眞とは大違いな顏に驚いてばかりだった。

其れと同時にどうして天眞は会社がこんなに大きくなっている事を私には云ってくれなかったのかが気になった。

「凛子さま、ただ今内線で社長に連絡をお取りしますので少しだけお待ちになって──」
「ちょっと待って!」
「えっ」

カウンター内に置いてある電話の受話器を持ち上げた彼女の手を私は止めた。

「連絡しなくていいわ──私、このまま帰るから」
「え、どうしてですか?折角いらっしゃったのに」
「いいから」
「…凛子、さま」

此処まで来る間に想像していた事に喜んでいた気持ちは小さく萎んでしまっていた。

(小さな会社だって云っていたのに…)

半年前に訊かされた天眞の言葉を嘘だとは思いたくなかった。

実際其の時は小さい会社だったのかも知れないから。

(でも…こんな事になっているだなんて…私、家以外での天眞の事、知らな過ぎだ)

今、目の前で繰り広げられてる現実が中々受け入れ難く、戸惑っている処があった。

(天眞に逢うのは…もう少し心の整理をしてからにしよう)

そう思い、私はこのまま家に帰ろうと思った。

──が

「あら、社長」
「えっ!」

カウンターの中から見て右手にあるエレベーターから天眞が姿を現した。

私は咄嗟にカウンター内に身を隠した。

「凛子さま?!社長ですよ、お逢いに──」
「しーっ、静かにして」

出来る限り小声で私は彼女を制した。

足音がカウンターの方に近づいて来て、やがてよく知った声が聞こえた。

「昼休憩の間出かけて来ます。14時からの会議は予定通り第2会議室で行いますから来訪した関係者は其方に案内してください」
「は、はい、かしこまりました」
「…なんですか、顔が引きつっていますよ」
「えっ、い、いえ…社長が外に出かけられるのが珍しいなと」
「たまには外食もいいでしょう──では頼みました」
「はい、いってらっしゃいませ」

遠ざかる足音を聞いて隠れていた私はホッと息を吐いた。

(……はぁ~気づかれなかった)

「あの…よろしいのですか?凛子さま」
「いいの。其れよりそんなに珍しいの?休憩に外に出るって事が」
「えぇ。社長は一度出社したら退社するまで殆ど社内から出る事がないので…」
「…ふぅん」

其の時ふと思い出した。

(そういえばお昼ご飯は出前取るってメールが)

今彼女が云った殆ど社内から出ないと云っていた言葉と出前メール。

何かが噛み合っていない気がして厭な予感がした。

「あっ、凛子さま」
「今日私が此処に来た事、天眞には内緒にしておいてね!」
「えっ、あ、はい」

私は慌ててカウンター下から這い出て会社から出て行った天眞の後を付ける事にしたのだった。

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