ずっと好きだった。

好きだったけれど、彼が私の気持ちに応えてくれる日は来ないと知った。

あの日

あの夜の出来事で。


不毛な恋だ。

早く忘れなくては。


早く…


早く……


もう彼から離れられなくなるほどに心を支配される前に──!




「ねぇ、どうして?」
「…」
「見返りは何?」
「見返りは…体、かな」
「!」

(え…?!今…なんと)

「家に住まわせる条件としては俺の夜の相手をお願いしたいかな」
「なっ!」
「独り身というのはこういう処が不便だよな。最近はめっきり相手にしてくれる奇特な女性がいなくてね」
「な…っ、なっ…っ」
「幾田だってそうじゃないの?離婚して一年だろう?どうしてるの、其の辺」
「~~~ば…馬鹿にしないで!」
「…」

私は人目もはばからず大きな声で叫んだ。

「そ、そんなの…ば、売春と同じじゃない!家に置く代わりに体を強要するなんてっ」
「ギブアンドテイクの基本じゃないかな」
「どの口が云うの!あんたまだそんな風に考えているの?!変わっていないのね、ちっとも」
「…」
「他の女とはそういう事が成立するかも知れないんだろうけど、私は違うから!そんな…住まわせてもらう代わりにか、体をって…考えられない!」
「じゃあ金銭を要求すれば納得するのか?」
「だから!其れだったら私が衛藤の家に住む理由にならないでしょう?!元々はあんたが云い出した事じゃない、節約のために家に住めって!」
「だからそう云っているだろう」
「えっ」

少し声のトーンが低くなった衛藤はため息をひとつついた。

「体と引き換えにというのは冗談だ。というか見返りは何とかいきなり訊くなよ」
「…」
「俺は純粋にそうしたいから持ち掛けたんだ。其処に見返りだの打算だの、そういうあくどい考えはなかった」
「…衛藤」
「改めて考えるとおかしな話だけど…幾田が離婚して、実家に帰れないって訊いた瞬間、何とかしてやりたいと思ったんだ」
「…」
「俺で助けになれる事があれば助けたいと──ただ其れだけの事なんだ」
「…」

静かなトーンだったけれど、衛藤から発せられた其の言葉には得体のしれない熱が宿っていて、其のひと言ひと言が私の胸にポッポッと熱を移して行った。

「だから何も考えずに世話になればいい──昔の君はもう少し能天気で図々しかったぞ」
「~~の、能天気じゃないわよっ!図々しくもないわよ!私だって色々考えていて…!」
「解っている」
「え」
「君は色々考えて行動に移してそして──俺の元からいなくなったんだよな」
「…」

(何…今の)

「さぁ、さっさと行くぞ。電車に乗り遅れる」
「…ぁ、うん」

衛藤が最後に放った言葉がやけに深く心に突き刺さった。

(あれは…どういう意味?)

言葉の意味を訊きたかったけれど、何故か訊いてはいけないような…

そんな雰囲気になってしまって結局私は何も解らないまま衛藤の後をついて行った。



──そんな訳で私は衛藤の家に居候する事になったのだった



衛藤の部屋は此処はモデルルームか!と思う程に無駄のない小奇麗な空間だった。

元々マメな男だと思っていたけれど、其れは家事全般にもいえた事だった。

「おい、其れは資源ゴミだ。其処は不燃物のゴミ箱だ」
「資源と不燃物の区別って何処」
「…仮にも主婦だったんだろう?!ゴミの仕分け位出来ないのかっ」
「だって向こうじゃまとめて出していたから」
「今時そんな地域があるか!」
「あるんだよ、田舎じゃまとめてポイッて」

私の知らなかった衛藤の素顔がどんどん増えて行った。

「なんだよ其の包丁さばき」
「だって…魚、下ろした事ない」
「はぁ?仮にも主婦だったんだろう?!魚が下せないって、じゃあ何食べていたんだよ」
「今は処理済みの魚がちゃんと売っているの!そういうので充分でしょう?!」
「そんなの手間賃かかって割高だろう、魚のまんまの方が絶対的に安い」
「…」

彼の主婦顔負けの家事能力の高さに散々へこまされる。

だけど一緒に住む様になってから気が付いた事が沢山あった。

其れは時には歓心だったり幻滅だったり…


だけど私の中の萎みかけていた小さな花は、彼から注がれる数々の仕草や言葉を得る度に大きく育って行っている様な気がしたのだった。


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