「よかったら家に来ないか」
「──え」

喫茶店を出た私たち。

少し名残惜しさを感じながらも別れの挨拶をしようとした私に彼は云った。

「仕事が見つかるまで家にいればいい。そうしたら住居費は節約出来るだろう?」
「…何…云ってるの?衛藤」
「何って人助けの話だけど」
「人助けって…べ、別に衛藤と私は」
「来るの?来ないの?」
「!」

(なんでそうやって結論を急がせるのよ!)

いきなりされた突拍子もない提案に冷静に考える余裕がない。

「グダグダ考えても結局答えはどちらかひとつだ。幾田がどうしたいか、直ぐに答え、出るだろう?」
「~~い、いつになるか…解らないわよ」
「…」
「仕事がいつ見つかるか…解らないわよ」
「そりゃそうだ。だから見つかるまでいればいいと云っている」
「…」

どうして衛藤がこんな事を云ってくれたのか理解に苦しむけれど…

(きっと本当にただの人助けの感覚なんだろうな)

そう思うとモヤッとしたけれど、でも其れ以上に私の心は高鳴っていた。

これで最後──だと思っていた再会の余韻をまだ味わっていてもいいのだと猶予を与えられた事に私は喜びを感じていた。

「どっち」
「お、お世話になります!」
「ん、じゃあ役所が終わるまで一旦解散。今夜からおいでよ」
「…解った」

其れから私たちは連絡先の交換をして其処で一度別れた。



足早に帰って来た部屋で私は早速荷造りをしていた。

(どうしていきなりこんな展開にぃ~~?!)

棚からぼたもちの様な急展開が未だに信じられなかった。


離婚して此方に戻って来た時、真っ先に住む処に困って慌てて契約したウィークリーマンション。

仕事を探して就職してからちゃんとした処に定住しようと、其れまでの短期間お世話になるはずだったのが気が付けば更新を重ねてもうじき一年になろうとしていた。

思ったよりもお金がかかり、勿論当座の貯金では賄えないと知れば短期間のアルバイトを集中的にこなした。

でも30でアルバイトはキツいものがあった。

年齢的にも体力的にも。

定職でないという事は将来の不安が常に付きまとう事になる。

離婚した私はひとりで生きて行かなくてはいけないのだから──と心に強く思っていても、思い通りにならない事に焦燥を感じ、虚しくなり泣きたくなる。

いつか新しい人を見つけて恋をして結婚する事があるかも知れない。

だけど其れは今ではない。

今はまだ…

私の中に消えないままの刻印があるから新しく恋をするなんて無理なのだ──




「幾田」
「あっ」

待ち合わせに指定されていたのは懐かしい駅前だった。

ちいさな噴水のある駅前で、結婚前私は電車通勤ではなかったけれど其の噴水見たさに何度か通った事があった。

「荷物、其れだけ?」

駆け寄って来た衛藤は私の持っている鞄とキャリーバッグに目を留めた。

「とりあえずは。少し大きな物は明日トランクルームを探して──」
「いいよ、荷物全部運びなよ」
「え」
「丁度明日休みだし、軽トラ借りて家に運ぶよ」
「え…えっ…衛藤、其れはいくら何でも」
「大きな物といったって家具類は大してないんだろう?」
「そう…だけど」

(全部って…でも其れじゃあ本格的に居座る事になるんじゃ)

「荷物置いていたら住んでる部屋、解約出来ないじゃないか。しかもトランクルームって…そんなの借りたら其れこそ本末転倒だろう?」
「其れはそうだけど、でも賃料よりはうんと安く済んで随分節約に──」
「だから節約出来る分は徹底的にしろといっている」
「…」

私は衛藤の言葉に軽く頭を縦に振る事しか出来なかった。

なんて返したらいいのか解らなかった。

衛藤の言葉はとても嬉しいけれど、だけど其れはどういった意味で云っているのか解らなくて…

「行くよ」
「…ねぇ」
「何」
「見返りは…何?」
「え」

私は俯いていた顔を上げ、真っ直ぐに衛藤を見て訊いた。

「衛藤がなんのメリットもなくこんな事をしないよね?此処までしてくれるほど私と衛藤、仲良かった訳じゃないし」
「…」
「単なる昔馴染みの同僚にする人助けにしては度を越していると思うの」
「…」
「そういう処、ハッキリしておきたいの、私」
「…」

其の言葉は私の賭けだった。

この私の問いに衛藤がどう答えるのか。

其の返答次第で私は衛藤の好意を受け入れるか否か決めようと思ったのだった。

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