新卒で行政事務職に就いた私が初めて衛藤と顔を合わせたのは市役所の入所式の時だった。

最初の衛藤の印象は、暗い男──だった。

積極的に人と関わるという感じではなく、大勢の中に居ても何処か一歩引いている様な印象を受けた。

そんな彼だったから私は特に気にもしなかったし、必要最低限の事しか話す事はなかった。

だけどそんな月日の中のある日、私は目撃してしまう。

衛藤が告白されている場面を。

たまたま通りがかった人気のない階段ホールで話している衛藤と見た事が無い女性。

訊くつもりはなかったけれど結果的には私は立ち聞きするという流れになってしまった。

聞こえた話から察するに、どうやら窓口で見かけた衛藤に一目惚れして機会を窺い告白をしている──という状況らしい。

こんな状況に持って行って告白するという其の女性の勇気に驚くと共に、私は衛藤が女性に発した答えにとても驚いてしまった。

『自分は女性を好きにはなりません。あなたが交際の末に結婚を夢見るなら尚更です』

云われた女性は何度も食い下がるけれど、其の度に衛藤の返事は頑なになって行き、最終的には

『其処まで熱心に口説いてくださるなら肉体関係だけのお付き合いならしてもいいですよ』

なんてとんでもない事を云った。

この発言には流石の女性も辟易したのかやっと諦めて退散して行った。

この後、直ぐに私が立ち聞きをしている事に気が付いた衛藤は『見苦しいものをお見せました、すみません』と淡々と述べて去って行った。

そんな件があってから私の中での衛藤はおかしな位置に鎮座する人物になった。

顔を合わせると挨拶する様になり、歓迎会やリクリエーション大会などの行事で話をする様になってからはあっという間に友人のひとりとなっていた。

彼は恋愛という要素を含まない付き合いをする分にはいい友人だった。

真面目でマメで優しくて誰もが彼の程よい距離感の付き合いを好ましく思っていた。


──ただ其処に恋愛を匂わせると途端に彼の評判はよくないものになるのだけれど


どうして彼はそんなにも恋愛に対して嫌悪感を抱いているのか?

モテるくせに何故特定の彼女を作らないのだろう?

ひょっとしてゲイなのでは?

なんて彼にまつわる密かな噂は私たち女子職員の中では常に真しやかに囁かれた。

だけど当の本人の衛藤はそんな噂をまったく介しない様子でいつも飄々としていた。

ただ中には衛藤と体だけの関係を持っているという人もいた。

噂話として其の話を訊くと何故か私の心は痛んだ。


ゲイではない。

普通に女性とセックスが出来る。

だけど決して恋愛関係にはならない男。


そんな不思議な信念を持つ衛藤の事が私は知らず知らずのうちに気になる様になり、ある日突然(私は衛藤の事が好きなんだ)と気が付いたのだった。




「其れで?今は実家に戻っているのか?」
「あー今はね…ひとりで住んでいるの。ウィクリーマンションっていうの?仕事が見つかるまでは其処に」
「実家、帰らないの?」
「帰り辛い…かな。こんなに早くに離婚して出戻って来られたら実家も迷惑かなって。近所の目もあるだろうし」
「…」
「まぁ、独身の時や主婦時代のへそくりなんかで多少の貯金は残っているから。当分は其れでなんとか食い繋いで行こうと」
「仕事、見つかりそう?」
「どうかなぁ…中々難しいみたい。条件を絞ると求人自体が少なくて」
「…そうか」
「…」

衛藤は短い質問で私の近況を探っているみたいだ。

(衛藤は…どうなんだろう)

私はカップに口をつけながら考える。

私の事なんかよりも衛藤の事が知りたいと。

そして視線は自然と彼の左手薬指を捉える。

(指輪していない…って事はまだ結婚はしていない?)

私の知っている衛藤なら当然結婚はしていないだろうと思うけれど、私の知らない衛藤が二年あるのだ。

何か心境や周辺に変化があって結婚しているんじゃないかと勘繰らずにはいられない。


ピロンピロ~ン♪


喫茶店に飾られている仕掛け時計が15時を知らせるメロディーで我に返った。

「あ…ごめん、結構話し込んじゃったね。衛藤仕事中でしょう?」
「あぁ」
「じゃあ──」

私がテーブルに置かれていたレシートを手に立ち上がると、其の手に衛藤の掌が乗せられた。

(!)

「いいよ、此処は俺が払う」
「そんな、いいよ。これぐらいご馳走させてよ」
「俺から誘ったんだ。いいから」
「あ」

私からレシートを奪った衛藤は其のまま会計に向かってしまった。

(本当…相変わらずだなぁ)

衛藤は昔から女性からお金を取る事はしなかった。

其れは私だけに限らず、他の子にも同様にしていた事だ。

こんなちいさな事でもいちいち胸をときめかす私が厭だった。

(もう…)


衛藤の事を忘れるつもりで結婚したというのに。

好きだからこそ好きになってもらえない事に我慢出来ずに、逃げる様に結婚相談所で相手を見つけてサッサと結婚した。

衛藤よりも好きになれると思って結婚したはずだったのに…

そんな浅はかな覚悟はあっという間に崩れる事になった。



──そう、離婚原因は私が衛藤を忘れられなかったという最低最悪のものだった



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