五月の連休の最初の其の日はとても暖かな穏やかな日和だった。 

「…」
「十和子、口、開いてる」
「! あわわっ」

タクシーに乗ってやって来たのは家から40分程走った小高い緑豊かな広大な場所だった。

木々を除ける様に囲まれている白い塀は何処までも続いていて、そんな中にポッカリ開いた空間に重厚な木の扉が鎮座する正面玄関があった。

ピンポーン

母が扉の横に無機質にはめられているインターホンを押すと中から声がした。

『安部様ですね?只今開錠いたしますのでどうぞ中においでくださいませ』

其の声が途切れて直ぐにガチャンという重々しい音と共にギキキキィ──と重そうな扉が人ひとり通れそうなほど開いた。

「さぁ、行くわよ」
「う…うん」

母は慣れた様子でどんどん中に入って行く。

(何…此処…)

門から中に入っても見えるのは細い石畳が延々に続く道で、其の両脇はやっぱり木々に覆われていた。

「お母さん…此処…大丈夫?」
「え?何が」
「…なんだか…ちょっと」

この空間に入った途端なんだかおかしかった。

どうおかしいのかよく解らなかったけれど…

(なんか…体が何処かに引っ張られて行く様な…)

体に力を入れていないとグンッと何処かに連れて行かれそうな気がして仕方がなかった。

「あまりにも大きなお屋敷でビックリした?お母さんも初めはビックリしちゃったけど、慣れって怖いわね。今じゃすっかり観光地に来たみたいな感じになっていて── 十和子?」

近くで聞こえていた母の声がどんどん遠ざかっている。

(え…えっ…な、なんで私…)

気が付くと足が木々の中を縫って勝手にどんどん進んで行く。

(ちょっと!なんで、何処に向かっているのよ)

何故か自分の意識とは関係なく脚が、体が勝手に意志を持ったかのようにどんどん奥へと進んで行くのだ。

気持ちだけではどうする事も出来なくて私は其のまま引き寄せられる様に足を運んだ。


やがて


(えっ…)


開かれた視界に広がるのは一面の紫──だった。

ザァと風が吹いたと同時に其のいくつもの紫がゆさゆさと揺れた。

「あ…藤…?」

其処は一面の藤棚だった。

多分今が見頃の時なのだろう。

ちいさな紫の花が連なって見事に垂れ下がっていた。

「凄い…綺麗っ」

あまりにも美しい其の絶景を眺めながら歩を進めると

トンッ

「あっ」
「おや、迷い込んでしまったのかな」
「!」

ぶつかった背の高い着物姿の男の人にドキッとした。

(こ、この人──!)

瞬間、私の中に湧き上がった感情。

其れは私の胸を熱く高鳴らせた。

「…十和子ちゃん、でしょう?」
「あっ、あの…」
「初めまして──ではないのだけれど一応ご挨拶を。僕が五條尊臣です」
「!」

(やっぱりこの人が…)

私の直感が当たった事にも驚いたけれど、何よりも驚いたのは

(き、ききき、綺麗過ぎじゃない?!)

長い髪を風に揺らしながら優雅な表情を浮かべている其の人があまりにも綺麗な立ち居振る舞いでいるものだから思わずボーッと見惚れてしまった。

「十和子ちゃん?あんまり口を大きく開けていると虫が入りますよ」
「!」
「虫も危険だと解っていても甘い吐息に誘われれば躊躇いなく其処へ飛び込んで行くでしょうし」
「~~~」

(な、なんだ…この雅な人はっ!)

今まで逢った事もない種類の人を前に、私はだらしがなくブルッと震えてしまった。

「おや、寒いかい?五月とはいえまだ肌寒い時もあるのかも知れないね」
「!」

そう云いながら尊臣さんは羽織っていた着物を私に掛けてくれた。

「母屋に行こうか」
「あ…あの…私…」
「ん?」
「私…安部十和子です…」
「うん、知っているよ」
「な、なんで?!あの、今日初めて逢ったんですよね?」
「正確に云うと二度目、なんだけれどね。十和子ちゃんが生後9ヶ月の時に逢っているから」
「! そんな赤ちゃんの時に逢っていたって…私だってなんで解って──」
「君も解ったでしょう?」
「え」
「僕を見て、解ったでしょう?僕が尊臣だと」
「…」
「君の婚約者だと──導かれて此処までやって来たんだよね?」
「…」


其れは不思議な出逢いだった。


──いや、二度目の出逢い…なのだから再会、と呼んだ方がふさわしいのかなと、そんな事を考えていた私だった

wu150
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