我が家に眠る古い文献は所々が虫に喰われていて其の全貌を推し量る事は叶わない。

ただ脈々と云い伝えられて来たのは、我が五條家の祖は平安時代、天文道・暦道・陰陽道の三部門全てを掌握していた陰陽家・加茂忠行を師とし、あの阿倍晴明と共に学んだ者だと云う事。

尤も祖は晴明の様に貴族お抱えの陰陽師として大きく世間に名前の知れた有名人ではなく、庶民相手の万屋の様な家業を興し民衆に広く親しまれた庶民派陰陽師だった事から其の名は歴史に記される事はなかった。

ただ其の思念は昔から今に至るまで静々と受け継がれて行き現在の五條家を形作っていた──





「もうご心配要りませんよ。この中に籠っていた善くない気は全て散らせました」
「あ…ありがとうございます!これで安心出来ます」
「あまり亡くなった方の事を想い引きずらないでください。死した者には次に行く場所があるのです。其れを生きている者の勝手で現世に留まらせてはいけません」
「…はい…そうですよね…解ってはいるんです。いるんですけど…」
「哀しい時は思い切り哀しんでください。其の後は亡くなった方との愉しかった思い出を時折懐かしむ程度に想い馳せてあげてください」
「……はい…はい…」


──人の強過ぎる想いは時として不幸を招く

目に見えない事が多過ぎてそんな中から生まれた些細な誤解から生活が乱される事はあってはならない。



「たかおみおじさん」
「おや、真臣じゃないか。遊びに来たのかい?」
「うん、おとうさんとおかあさんはおじいちゃんのところにいるよ」
「そう」
「ねぇ、さっきのおんなのひとのうしろにずっとくっついているひとがいたけど…」
「あぁ、あの方は彼女の守護霊様だよ。彼女の事が心配で今少し此方に来ているみたいだ」
「ふぅん…じゃあもうすぐかえっちゃうんだね」
「そうだね。彼女を悩ませていた善くない者は本来いるべき場所に還って行ったからね」
「…ふぅん」
「…」

三兄弟の末っ子の幸臣の息子、真臣は不思議な子だった。

五條の血が一滴も入っていないというのに仄かに匂う五條家縁の気質に時々驚く時がある。

「ねぇねぇ、またおはなしきかせて?」
「なんだい、真臣は古臭い話を訊くのが好きなのかい?」
「うん!おんみょうじのこと、もっとしりたい!」

真臣がちいさい時から絵本の読み聞かせと称し、五條家の歴史を面白可笑しく話していたらいつの間にかすっかり気に入ってしまった様だった。

「真臣はこういう仕事に興味があるのかい?」
「こういうって?」
「人に悪さをする霊を祓ったり、見えない物に対する不安を取り除いてあげる仕事だよ」
「…」
「あれ、興味ないかい?」
「ぼく…たかおみおじさんみたいにはなれないよ」
「え」
「だってたかおみおじさん…すごいひとだもん」
「…」
「ものすごーくつよいおんなのひとがみかたについているからすごいんだよ」
「…」
「ぼくにはそんなつよいおんなのひとがいないからたかおみおじさんとおなじしごとをしてもきっといつかこわれちゃう」
「!」

何を云っているのだろう──と思った。

(いつか壊れる──)

とても恐ろしい言葉だ。

(…この子は意味を解っていて話をしているのだろうか)

「たかおみおじさん、はやく!ごじょうけのひみつのくらにいこうよ」
「…そんなに急がなくても蔵は逃げやしないよ」

瞬時に5歳児らしい振る舞いになった甥っ子に常に感じていた畏怖。

彼は何者なんだろうという思いがいつもあった。

しかしこの僕の力を持っても彼の本質は見えやしなかった。

(本当に不思議な子だな)

真臣に手を引かれながらそういえば、と思い出す。

『ものすごーくつよいおんなのひとがみかたについているからすごいんだよ』

つい先刻真臣が放った言葉。

(あれは…彼女の事、なのだろうか)

不意に彼女はどうしているのだろうと思った。


五條家本家の現当主、五條 忠臣(ゴジョウ タダオミ)の長男として生まれた僕、五條 尊臣(ゴジョウ タカオミ)は生まれた時から五條家の次期当主として他の兄弟とはほんの少し違った扱いを受けて育てられて来た。

核となる陰陽道に始まり、おおよそ人を束ねる事に必要と思われるありとあらゆる教養を学んだ。

其処に僕自身の意志は存在しなかった。

いや、存在してはいけなかった。

周りから与えられる物事は僕から何か大切な物を奪って行く様な気がした事に気が付いたのは随分大きくなってからだったと思う。

だけどそんな僕に周りから与えられたもので嬉しかったものがたったひとつだけあった。


──其れはまだちいさく固い蕾の花


僕だけに与えられた其の類まれな花をいつか僕自身の手で手折(タオ)り散らす事になっても…

欲する気持ちは決して無くなりはしなかった。

wu150
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