カチコチカチコチ


(…)

居間の壁掛け時計の秒針がやけに大きく響いている。

(遅いなぁ…天眞)

其の日、天眞の帰りは遅かった。

いつもある帰るコールも今日はなかった。

(残業かな…忙しいって話は訊いていなかったけれど)

天眞が社長を務める【リンテン】は業績が好調らしく、この春採用の社員も増えたと云っていた。

元々商才があるのだろう。

天眞自身は『自分はトップに立つよりも二番手ぐらいが丁度具合がいいのです』と云っていたけれど其れは謙遜なんだと私はとっくに気がついていた。

(昔から優秀だったからね)

ふと昔の天眞の事を思い出して心がほっこりした。


『なんで化学だけ98点なのよ!私はオール満点取れって云ったのよ!』
『申し訳ありません…つい1と7を書き損じまして…』
『呆れたぁ…どうやったら1と7を書き間違えるのよ。そういう凡ミスが多いわよね、天眞って』
『本当に申し訳ありません、お嬢様』
『…でも…まぁ…今回は大目に見てあげようかなぁ』
『え』
『だってどうしても観たい映画なんだもん。今大きなスクリーンで観たいの。だから映画のお供は天眞にするわ』
『! 本当ですか、お嬢様』
『まぁ、頑張ったご褒美よ──っていうか天眞、そんなにあの映画が観たかったの?』
『え…あ、はい』
『でもあんた、ホラー嫌いじゃなかったっけ?』
『い、いえ…す、好き、ですよ』
『……ふぅん』


今思い返せばあの時の天眞は単に映画が観たいからって訳じゃなくて、私と一緒に出かけたいという気持ちが大きくて頑張ったんだろうなと思う。

大きくなるにつれて外での浅い交友関係が広がって行き、お金目当てでチヤホヤする取り巻きに気が付かずにいい気になって天眞を蔑ろにしていた時期だった。

其の癖天眞を人一倍傍に置きたがって翻弄して…

(酷い女だったよね、私)

今では懐かしく思える黒歴史の日々。

(でも天眞はそんな私の事が好き、だったんだよね)

蔑ろにされて喜ぶなんてどんな変態だって思ったけれど…

(其れが今では嬉しくて幸せで堪らない気持ちを私にもたらしている)

そんなほんの少し苦くも甘い想い出に身を焦がしながらうとうととしてしまった。





「──さま」

「…ん」

「…嬢様」

「…」

ゆさゆさと揺れる体と耳元で囁かれた甘い声で意識が浮上した。

「……あっ」
「お嬢様、やっと目を覚まされましたね」
「て、天眞」

ちゃぶ台に突っ伏して寝ていた私を起こしたのは帰宅していた天眞だった。

「こんな処で寝ていては風邪をひきますよ」
「遅かったのね、残業?」
「…え、えぇ……まぁ」

(ん?)

天眞が変に目を逸らした。

其の不自然さ全開の仕草に何故かある種の勘が働いた。

「──何を隠しているの」
「えっ」
「天眞、私に隠している事があるでしょう」
「…いいえ…何も」
「…」

ジッと天眞の目を見つめる。

天眞はしばらく何事もない様に同じように私を見つめていた。

其の時間、恐らく数十秒だった。

やがて

「~~~」
「…何赤くなっているのよ」

じわじわと天眞の頬が赤らんで来た。

そして明らかに照れているだろうと突っ込みたくなる様な様相になった。

「はぁぁぁ!そんな可愛らしい顔でみ、見ないでください!」
「今更何よ、そんな事云って誤魔化されないわよ!」
「…」
「さぁ、云いなさいよ、私に何を隠しているの?!」
「……お嬢様」
「ん?」
「…お嬢様…お嬢様…お嬢様」
「ちょ、何よ…其の連発」
「お嬢様お嬢様お嬢様お嬢様お嬢様お嬢様」
「ちょっと天眞!何ふざけてい──」
「──凛子」
「!」

真っ赤な顔をしながら『お嬢様』を連発した天眞は徐に私の名前を呼んだ。

「え…い、今…」
「…」
「今、呼んでくれた?名前」
「…凛子」
「!」
「凛子…凛子、凛子凛子凛子凛子」
「今度は何?!なんでそんな連発して──」
「凛子、結婚してください!」
「?!」

天眞が壊れてしまったのかと戸惑っている処に飛び込んで来たひと言に驚き過ぎて、私は思わず口を開けてポカンとしてしまったのだった。


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