今日のわたしのお店はちょっとだけ騒がしかった。


「うふふっ~♪」
「ご機嫌ね、まなちゃん。何かいい事あったの?」
「はい~ありました!実は今度の市ノ瀬さんのリサイタルチケットでSS席が取れたんです!」
「へぇ…でも其れってあの子に頼めば幾らでも融通してくれるんじゃないの?」
「な、何を云っているんですか、そんな恐れ多い事出来ません!今や市ノ瀬瞬のリサイタルチケットといったらプレミアムものなんですよ?!みんな喉から手が出るほどに欲しいと思っている価値のあるものなんです!」
「…はぁ」
「倍率高くてダメかなーと諦めていたんですけど……見事当てる事が出来ました!」
「まなちゃん、すっかりあの子に毒されているわね」
「いやいや…もう中毒です。なんですかね、あの魅力っていうか……魔力?」
「あははっ、魔力!そっちの方があの子には合ってる~」

出版社に勤めているまなちゃんはすっかり市ノ瀬瞬のファンになり下がっていた。

確かに彼女が手掛けたクラシック雑誌に市ノ瀬瞬の特集が掲載されると通常の3倍は売れるという事から、静かに其の世界においては有名になりつつあるといってもよかった。

(まぁ、たまに逢うと相変わらずのクソエロガキって感じしかしないけれど)

世の女性は完全に表向きの市ノ瀬瞬に騙されていると思った。




「あぁぁぁーダメだったぁ~!」
「何、どうした」
「市ノ瀬瞬のリサイタルチケット取れんかったぁー」
「あぁ…あれ、ファンクラブに入っていないとほぼ全滅だって噂あるじゃん」
「う゛~入っているのにぃ~」
「えっ、いつの間に入ったの?!っていうかあんた、いつからクラシック好きになったのさ」
「…だってさぁCMで使われていた曲聴いた瞬間、ビビッて来ちゃったんだもん」
「なんだ、其れ。ってかさ、市ノ瀬瞬ってもう結婚してておまけに結構大きい子どもいるって訊いた事があるんだけど」
「奥さん、瞬より13歳上の元ソプラノ歌手の束原風音。瞬が17の時に瞬の子ども産んでる」
「えっ!やだ何其れ!犯罪じゃない?!っていうか市ノ瀬瞬って熟女好きなんだ…13歳上って…気持ち悪っ」
「そういう事云うな!純愛なんだよーずっと憧れていた束原風音にアタックしてようやくものにしたっていう一途な男なんだから!」
「でもさ、よく考えてみ?息子が13歳も年上の女を嫁にするって云って来た時の母親の気持ち」
「瞬の母親が元々束原風音のファンで、諸手をあげて祝福したって逸話がある」
「ゲッ!な、何其れ…そんな親もいるんだねぇ…」
「そんな事よりチケットォォォー!オークションに出てるかなぁ」
「そんなん出てたって元値の何倍も値がついているよ、無理無理」
「あぁぁぁーもうもっと大きなホールでやってくれればいいのに~」

「…」

(凄いなぁ…ボックス席のふたりの会話)

何処かの会社の制服を着たOLふたりがランチを取りながらわたしの良く知る知人の噂話に花が咲いているのを見ると、なんとも複雑な気持ちになる。

(いつの間にか有名人になっちゃって…)

普段のふたりを知っている身としては、世間の羨望に満ちた評価が面白可笑しくて堪らなかったのだった。





「…ハァ」
「ため息つくと幸せが逃げるって言葉がありますよ」
「アァ、キイタコトアリマス…デモツカズニハイラレナイ」
「何かありました?」
「シュンガワタシノイウコトヲキイテクレナクテ」
「そんなのいつもの事じゃないですか」
「デモ!ワタシハイツモシュンノタメニナルコトシカイッテイナイノニ!アタマゴナシニハンタイスル」
「はぁ…」
「モットオオキナホールデリサイタルスレバヨリオオクノオキャクサンガシュンノエンソウヲキケルノニ…ソウシタラオカネモットガッポガッポフトコロニハイルノニ…」
「アーガントさんって本当裏表のない金の亡者なんですね」
「…オカネハヒトヲウラギラナイカラネ」
「なんか…意味あり気ですね」
「イロイロアリマスヨ、ジンセイ40ネンチカクイキテイレバ」
「40近く?見えませんね、若いですよアーガントさん」
「オォ、ツグミアリガトウネ…トコロデツグミハイクツ?」
「女性に歳を訊くのは失礼ですよ、アーガントさん」
「! オォゥ、ナゼソンナニコワイカオヲスルノデスカッ」
「…」

片言の日本語でいちいちアメリカ人的なオーバーアクションをしているこの外人は、市ノ瀬瞬のマネージャーでオーストリア人のアーガント・ゲーデル。

あの子の才能にベタ惚れして、其の才能を使ってお金儲けをするために引っ付いている害獣らしい。

日本に活動拠点を移すと云った彼に同行して其のまま日本に居付いている。

そんな縁で市ノ瀬瞬から紹介され、以来いつの間にか私の店の常連になっていたのだった。




開店から4時間。

様々なお客の歓喜や落胆や嘆きの声を端々に聴きながら、お昼過ぎになってやっと一息ついた頃──


ピリリリリリリ

不意に鳴った携帯に慌てて出る。

「はい…あぁ、うん…うん、今?いいよ…うん、解った、じゃあ待ってる」

通話終了ボタンを押してから、私はそそくさとお店の扉まで行き、外扉に掛けていたプレートを【OPEN】から【CLOSED】に変えた。

(これでよし)

これはいつも来るふたりのために配慮した行動だった。


──そして電話から10分後


カランカラン

「こんにちは」
「こんにちは~来ましたぁ」

「いらっしゃい」

相変わらず仲良さ気にベタベタ引っ付いて姿を現した友人夫婦に苦笑する。

「あんたたち、いっつも手繋いでいるの?」
「そんなの当たり前でしょ。ちょっとでも放したら風音さん、絶対ナンパされまくっちゃうよ」
「瞬くん、そんなの心配無用だから。こんなおばさん、瞬くん以外誰も見向きもしないから大丈──」
「何云ってるの!風音さんに憧れている輩なんて世の中にごまんといるんだからね!風音さんは僕のものって見せつけておかないと心配で心配で」
「其れを云うなら瞬くんだって…若い女の子から綺麗な大人の女性まで瞬くんのファン、沢山いるから…私なんていつも心配で…」
「風音さん、何馬鹿な事云っているの。僕には風音さんしか眼中にないんだから。まだ其れ、疑っているの?」
「疑ってはいないけど…でもやっぱり私、もう歳が──」
「ふぅ…風音さん、家に帰ったらお仕置きね」
「え!」
「僕の風音さんへの愛がどれ程のものかまだまだ解っていないようだから、今夜じっくりとねっとりと解らせてあげる」
「な…なっ…」

「はいはい、セクハラ会話其の辺で止めてねー胸糞悪いですよー」

「あっ!ご、ごめんね、つぐみ」
「愛する夫婦の会話の何処がセクハラ会話ですか」
「…本当、あんたたちって世間との評価と全く正反対よね」
「「?」」

世間ではそら一途で美しい純愛物語で結ばれた憧れの夫婦像として語られているけれど(其の大きな要因はまなちゃんの書いた雑誌記事による処が大きいのだけれど)

実際は

(この子のストーカーじみた行為から始まって結果を得た不純物語よね)

「其れより何か食べる?お昼まだなんでしょ?」
「あ、うん。午前中はリサイタルの打ち合わせでバタバタしてて」
「そういえば先刻までアーガントが来ていたけど、打ち合わせに顔を出さなくてよかったの?」
「あぁ、アーガントはリサイタル内容にはノータッチなんだ。お金になりそうな営業しかタッチしない」
「そんなんでいいの?大丈夫?」
「大丈夫。あぁみえて仕事は出来るから。上手~く僕を働かせてちゃっかり分け前摂取しているんだからさ」
「ふふっ、なんだかんだ云って瞬くん、アーガントが取って来た仕事には文句云わないよね」
「まぁ…僕の性格を熟知しているからね。僕が厭がる様な仕事は持って来ないから其の辺では少し譲歩しているかな」
「へぇ、あんなんでも一応信頼関係っていうの築けているのね。でもさ、なんかもっと大きなホールでやってお客さん入れたいみたいよ?」
「何、此処に来てそんな事愚痴っていたの?」
「愚痴って云うか…戯言だったけど」
「戯言って…つぐみ」
「大きいホールかぁ…僕的にはまだ早いかなって思ってるんだけど。だっていざ大きなホールでリサイタルするって事になって、実際お客さんって入るものなの?」
「…瞬くん、そんな事思っていたの?」
「……」

(へぇ、こんなに世間でやいのやいの云われているのに…天狗にはなっていないのか)

ほんの少しだけ意外な面が見れて新鮮な気持ちになった。


音大を出たくせにそっちでは芽が出ず、いつの間にかこんな風にお店を構えて其処に集う色んな人の様々な話を訊いて、其の中でわたしも其の人たちの人生の中の端役として登場しているのかなと思うとちょっとくすぐったい気持ちになった。

──でも其れと同時に、華やかに活躍する人たちを羨んで見ている自分もいたりして…時々切なくなってしまうのだけれど…


「そうだ、つぐみ、これ今度のリサイタルのチケット」
「えっ、いいの?!凄く入手困難なプレミアムチケットなんでしょ?」
「ふふっ、何云っているの。つぐみは特別。私と瞬くんにとっては大切な友人なんだから」
「…風音」
「そうそう、いつまでも僕たちの深くて濃ゆい愛の人生をつぐみさんは見届ける義務があるんだからね」
「もう、ちょっとは見直したのにすぐブチ壊す様な事を云うんだからー」
「はははっ」

「…」


(まぁ、こんな人生も中々いいんじゃないのかな)


わたし自身が決めて歩んで来た人生。

其処に周りの人たちから時々与えられるご褒美に喜べちゃうわたし。


──うん…


これはこれで愉しい人生だと思うわたしだった。





000a43
◆ランキングサイトに参加しています。
1ポチ頂けると執筆の励みになります。

恋愛ランキング
にほんブログ村 小説ブログ 恋愛小説(純愛)へ
にほんブログ村