約三年間の恋を終わらせた私には勿論哀しさはあったけれど、心の奥底でははっきりしてよかった──という気持ちの方が大きかった。


「ほら、これも食べなさい」
「あ…ありがとうございます」

雄二に別れを告げて、傷心の私を待っていたのは輝臣さんだった。

輝臣さんはしばらく私の泣きに付き合ってくれて、そして『お腹空いたでしょう?ご馳走してあげる』と云って輝臣さんの馴染みのお店に連れて来てくれた。

其のお店は一見普通の住宅で、でも中に入ると落ち着いた雰囲気のカフェ風の内装になっていた。

昼間はカフェで、夜になるとお酒なんかも出すバーになるのだと気さくな店主の女性が教えてくれた。

店内は個室式になっていたので他のお客さんに気兼ねする事なく話が出来るのはいいなと思ったのだった。

「これも美味しいから、はい」
「あ、あの…もう…お腹いっぱいで…」
「またまたぁ~遠慮しないで食べなさいよ」
「…」

幾つかの大皿料理を先刻から甲斐甲斐しく輝臣さんが取り分けてくれる。

先にアルコールが流し込まれていたために少しの量でも満腹感があった。

(…はぁ、なんだかなぁ)

ぼんやりと目の前に座っている輝臣さんを見つめる。

どうして輝臣さんは私なんかに此処まで付き合ってくれるんだろう、という気持ちがあった。

(私が単に澪の友だちで…澪や五條先輩から何を云われてたから…?)

ごく短い期間で出逢って知り合った輝臣さんに対してよく解らない感情が芽生えていた。

其の感情がどういったものなのかは解らないのだけれど。

「──ふっ、誘ってるの?水穂ちゃん」
「……は?」

優雅にワイングラスを持っていた輝臣さんの指先がいつの間にかフォークを持っていた私の手に重なっていた。

「もしかしてもう酔ってる?そんなトロンとした色っぽい目つきで見つめられると困るんだけど」
「え…ち、違います、誘ってなんか…っ」
「泣いて叫んで食べて…失恋の傷の治し方としてはもう一歩踏み込みたいと思わない?」
「…もう一歩って」
「新しい恋」
「!」
「俺と恋愛、しない?」
「?!!」







なっ




(何を~~~!)


何を突然云うのだと驚いた。

だって私にそんな気は全くなかったから。

フラれてほんの数時間しか経っていないのに、そんな…新しい恋だなんて──

(そ、そりゃ輝臣さんは素敵だけど…だけどだからってそんな…)

カァと赤くなっているだろう顔を輝臣さんから見えない様に逸らすと、押し殺した様なため息が聞こえた。

「…ごめん、俺、悪い男だね」
「え…」
「弱っている処に付け入ろうだなんて──年甲斐もなく先走り過ぎだっていうの」
「…あの」
「ん?」
「輝臣さんって…彼女、いないんですか?」
「いたら君を誘っていないけど」
「えっ、そんなにカッコいいのに?!」
「あのさ、外見がいいから彼女がいるって決めつけるの、よくないよ?現にカッコ可愛い水穂ちゃんは彼氏にフラれているじゃない」
「う゛っ!」

(い、痛い処を突くなぁ~~)

「俺、こう見えて恋愛には奥手なの。なまじ見たくないものまで見ちゃうから、恋愛に発展する前に厭気が差しちゃうんだよね」
「…」
「見たくもない本性とか、背負っているものとか…たまーに付き合うまでいっても、俺の仕事の事で根を上げられて長続きしない」
「輝臣さんの仕事って」
「祓い屋」
「祓い屋?!」
「表向きは興信所って看板掲げているけど、本当は霊的な相談を請け負っているちいさな会社を経営してるの」
「其れって輝臣さんが社長さんって事ですよね?だったらなんで?いいじゃないですか、ちゃんと仕事に就いていて」
「請け負う仕事によっては色々大変な状況になるの。滅多にはないけど俺自身ボロボロになって別人になったり、引き込んだ霊障で周りに不可解な現象を起こしたり、霊的な症状に襲われたりもする」
「…はぁ」
「つまり俺と一緒に居ると安穏な生活が送れないって事」
「…」

(其れは確かに…普通に考えたらハードル高いよね)

「だから一目惚れしても中々告白する勇気が持てないの」
「…一目惚れ」
「あの二次会で俺、君の事見かけた瞬間いいなと思ったんだよ」
「!」
「澪ちゃんに其れとなく訊いて、君が澪ちゃんの親友の水穂ちゃんだって知ってついでに彼氏がいる事も知ってあぁ残念だなって思ったんだけどさ、ジッと見ているとなんだかよくない気が纏わりついていたから余計気になっちゃって」
「だからあの時、あんな事を云って?」
「ほんのアピールのつもりだった」
「…」
「だけど…言葉を交わしたら堪らなくなった」
「…」
「俺が君を護りたいって思ってしまったんだ」
「…輝臣さん」

いつの間にか私は持っていたフォークをお皿に置き、輝臣さんに握られていた手を握り返していた。

「フラれて弱っている隙をついてでも君をものにしたいと思っているズルい男だけど、お試し感覚でちょっと付き合ってみない?」
「…そんな、茶化して云わないでください」
「え」
「私…私だって輝臣さんの事…」
「…」
「フラれたばかりで易々と誘いに乗るなんて…尻軽で図々しい女だって思いませんか?」
「えっ…じゃあ」
「…」

私は返事の代わりに輝臣さんの掌を強く握った。

そして指を絡める様に握り直して、ジッと輝臣さんを見つめた。

「…ははっ、俺、一生分の運、使い果たしたかも知れない」

最初に出逢った頃よりも少し幼い笑顔を私に見せた輝臣さんに私の胸は最高潮に高鳴ってしまっていたのだった。

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