一体何が起こったのかさっぱり解らない──


「あ、モーニングセットください」
「かしこまりました」

「…」

にこやかに店員に注文を告げている目の前の人はごく普通に、まるで最初から其処にいたかの様に座っている。

(何なの、この状況は)

だけど私はこの状況に戸惑いながらも、何故か心の奥底ではホッとしている処があった。


『あのねぇ水穂ちゃんの件は俺が何とかするから気にしなくていいよ~』


(先刻、澪に話していたあの言葉…)

あの言葉の真意が一体何なのか解らないけれど、何故かこの人にすがってもいいんだという気持ちになって安心していたのだ。

「──さて、と」
「!」

おしぼりで手を拭き終った輝臣さんは徐に私に視線を合わせた。

「水穂ちゃん、俺の事誰だか解る?」
「…あの、澪から五條先輩のお兄さんだって」
「そう、訊いたんだ。じゃあもう俺の事、不審者だとは思っていないよね?」
「はい、其れはもう」
「よかった。其れじゃあ順に話を進めるね」
「はい…」
「俺と初めて逢った時に俺が君に云った言葉って覚えているかな」
「…言葉?」

一瞬なんの言葉だろう──と考えたけれど、直ぐに


『君、憑かれ易いから気をつけなさいね』


(あ…そうだ)

「覚えています。疲れやすいから気をつけろって…云いましたよね」
「うん、そう。よく覚えていたね~いい子いい子」
「!」

いきなり笑顔でポンポンと頭を撫でられビックリした。

(なんで頭?!)

いい子いい子と頭を撫でられる様な事をした訳でもないのに、其れに

(子ども扱いしている?!)

理解不能な行動をされて少しの照れと腹立たしさが湧いたけれど、物凄く邪気のない笑顔を向けられてあっという間に赦してしまっている私がいた。

「でね、此処で質問。俺が云った『つかれている』って漢字、どう書く?」
「…は?」

いきなりスーツの内ポケットからメモ帳みたいな冊子を取り出し、私の前にペンと共に置いた。

「此処に書いてみて」
「…」

突然何を云っているんだろうと思いながらも私は云われるまま其のメモ帳に【疲れている】と書いた。

其れを見た輝臣さんは「まぁ、そうだよね」と云いながら薄っすら笑った。

「なんですか、間違っていますか?」
「あーううん、間違っていないよ。普通こういう漢字の方の意味で受け取るよね」
「違うんですか?」

すると今度は輝臣さんがメモ帳にサラッと何かを書いて私に見せた。

「俺が君に云った『つかれやすい』の『つかれる』っていうのはこういう漢字で書くの」
「…」

其処には見慣れない【憑かれる】という字が記されていた。

「見慣れていないとおかしな漢字だよね。この憑かれるって漢字の意味はね、霊に憑りつかれるとかっていう意味で使われる漢字だよ」
「えっ」

瞬間、私の中で恐ろしい程の冷気を感じた。

体の芯から凍えてしまう様な冷たさを感じ、フルっと体が震えた。

「身に覚え、あるよね」
「…あの…昨夜……わ、私…」
「云わなくていいよ。解っているから」
「え」
「俺には全部解っているから」
「…」

いつの間にか体の震えが止まっていた。

輝臣さんのとても優し気な視線と、形のいい口から発せられる穏やかな口調の言葉が空気を伝って私に届いた時、あんなに寒さを感じていた体の中がポカポカと暖かくなった。

──特に背中のあたりが…

「多分昨日の内に姿を現すと思っていたんだ。其の読みが当たってよかったよ」
「?…あの、其れはどういう」
「昼間君に護符を貼りつけておいた」
「ご、護符?そんなものいつ──」
「背中。こう、バンッと叩いたでしょ」
「……あっ!」

輝臣さんの言葉を受けて思い出した。

(そういえば神社でいきなり抱き寄せられて背中を)

どうしていきなり背中を叩かれたのか解らなかったけれど、酷く痛かった記憶が蘇った。

「初めて逢った時から君の周りを取り巻くよくない気が気になっていたんだよね。で、昨日逢ったら其れが凄いスピードで濃くなってて、こりゃ一日の間に実体化するなと思っていたんだよ」
「そ、其れって…」

(私が幽霊に襲われる事を予見して護ってくれた──って事?)

思わぬ真実に私は驚くと共に、この輝臣さんという人が普通の人間にはない力を持った人なんだと知って戸惑いながらも

(やっぱり五條先輩のお兄さん…なんだ)

そう納得した。

澪から訊いていた五條家の歴史。

平安時代からの流れを汲む陰陽師の末裔だと──

(本物…なんだ)

陰陽師なんて歴史の…物語か何かの中だけに存在しているものなんだと思っていたけれど、いざ私の前にいる人が確かに存在している事で、其れは絵空事なんじゃないのだと受け入れたのだった。

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