「…」

深夜。

早目にベッドに潜り込んだ私は浅い眠りの中、何度も目を覚ます。

(はぁ…眠れない)

つい数時間前にあった事が未だに私の胸を高鳴らせていた。


『其の、僕は…僕は…あなたの……束原風音さんのファンなんです!』


(あぁ、もう!)

何度も何度も頭の中でリフレインする言葉。

其れと同時に湧いて来るのは

(あの人は一体…誰?)

そんな不思議な興味。

表舞台から姿を消して数年。

何故今更私のファンだなんて云う人が私の元にやって来るのだろうか?

(そういえば顏、よく解らなかった)

暗闇の中で其の顏ははっきりとは見えなかった。

ただ発した声から若い男だという事と背丈はあまり私と変わらない、という事だけ。

玄関の、ガラス扉越しに会話した時の状況が反芻される。

(多分…悪い人じゃない…んだよね)

全く素性の解らない人なのに何故かそう思ってしまう事に理由はつけられなかった。

ただ何となく…

(そう、思っただけで…)

色々考えていると次第に眠りの底に引きずられて行く感覚がした。


──だけど




~♪



(えっ)


微かに耳に届いた音があった。


(え…何)


~♪♪


外から微かに聴こえて来た其の音は音色になっていた。

(これ…弦の音)

私は思わず起き上がり、携帯で時間を確認すると

(2時?!)

まさに丑三つ時の恐ろしい時間帯だった。

(なんでこんな真夜中にヴァイオリンの音が聴こえてくるの?!)

最初其の音は心霊的なものかという恐ろしさがあったけれど


♪~♫~♪~


(あ、これって)

聴こえて来る甘く切ない音色がよく知っている曲だった事に私は思わずベッドから立ち上がっていた。







「はぁ、はぁ…」

気が付けば着替えて音のする方に向かって歩いていた。

(この曲)

音を辿って足を踏み込んでいたのは自宅の裏山だった。

鬱蒼と茂る草木をかき分けて月明かりと音色だけを頼りに歩くけれど、元々道はあってないような獣道。

これ以上奥に進む事が怖くなった私は少し開けた場所にあった石に座り、其の音を声でなぞった。


「Io ti sento amore Quando col cupo suono Si muovono le onde Nel placido boschetto caro Spesso ad ascoltare seduto c'è」

───私は貴方への想いを感じている 愛しい人よ くぐもった声が 波のようにうねる時 私は美しい静かな森へ行き腰かけて其の声を聴く───



久しぶりに奏でるアリア。

思った以上に声が出て、夢中になって声を音色に乗せてしまっていた私はやがて気が付く。

「…え」

いつの間にか聴こえていた音は消え、其の代わりに私の傍に立っている人がいるという事に──


150alia
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