わたしはあの日を忘れない──



「咲ちゃん」
「ん…あっ、はぁ」

奥深くを抉る様に突き刺さったモノは、いつもわたしに甘い快楽を与えるものではなく

「はぁ…咲ちゃん…んっ」
「あっ…ひゃぁ…イ、イッちゃう──」

あの日を決して忘れるんじゃないという苦い痺れをもたらすモノだった。


「はぁ…はぁ、はぁはぁ…」
「…智くん」
「ん?」
「ごめん…ごめんね…」
「何が」
「…赤ちゃん…折角授かったのに…」
「また其れ…いつもこういう時に云わなくていいんだよ」
「あ」

ズルッとわたしの中から抜き出された智広のモノからは、今出したばかりの精液がポタポタと滴っていた。

「仕方がないよ。咲ちゃんいい歳だからさ、高齢で出産までこぎつけるのって大変なんだろう?」
「…いい歳って」

(天使の様な笑顔で酷い事を平気で云う)

「また作ればいいよ──僕は毎晩でも頑張れるからね」
「…うん」
「先にシャワー浴びてくる。咲ちゃんはいつもの様にお尻を高く上げているんだよ」
「解った」

受胎しやすい様に行為が終わった後、数十分お尻の下にクッションを置いて高く腰を上げる。

(これ…本当に効くのかな)


40を過ぎたわたしはつい半年前、智広との間に出来た子どもを流産していた。

胎児の心音が確認出来なくなった時には既にわたしの子宮の中で死んでいた。

高齢妊娠では想定される死産だと云われても、中々納得出来ずに散々泣き明かした。

其の時、わたしは『これは罰なのかも知れない』と思った。


「…」

わたしと智広の運命が変わったのはわたしが19歳、智広が15歳の時だった。

智広の父親が亡くなって、其れまで明朗活発で表情がくるくる変わる、年相応の男の子だった智広が一瞬にして人が変わってしまった。

『──咲ちゃん、俺…これからゲームを始めるよ』
『え…』

あの日、わたしにそういった智広の顔を、其の瞳に宿る憎悪の炎を見た事を忘れない。


──忘れられる訳がなかった


智広に好意を抱いていたわたしは智広の望む事を叶えてあげたいと思う様になった。


『咲ちゃん、UTSUNOMIYAに就職してよ』

そう云われればわたしはUTSUNOMIYAに就職した。

『咲ちゃん、社長の娘婿を誘惑してよ』

そう云われればわたしは麗華さんの夫を誘惑した。

『咲ちゃん、UTSUNOMIYAを辞めて整形して顔を変えてよ』

そう云われればわたしは仕事を辞め、顔を作り替えた。

『咲ちゃん、宇都宮家に家政婦として潜入してよ』

そう云われればわたしは宇都宮の家政婦として潜り込んだ。

全ては智広のためにわたしは行動して来た。

時折わたしを抱く智広の温もりだけは真実なのだと何度も心に云い訊かせて、わたしは智広が歩むべき修羅の道に付き添い続けたのだ。

全ては智広がUTSUNOMIYAを手に入れて、宇都宮家から宇都宮の血族を排除するまで。

智広の長年の復讐劇が終われば、其の先は平穏な日々が訪れるのだと思っていた。

だけど

心が弱った時にはいつも思い知らされてしまう。

人に嘘をつき、人を欺き、自分の意志とは関係のない行為を散々行って来たわたしはいつか罰が当たるんじゃないかって──

(兵馬くん…)

彼はもうひとりのわたしだ。

彼はわたしと同じように智広に手駒にされたひとり。

純粋で繊細な心の持ち主だった彼は、智広からの呪縛に耐えられずに病を患った。

幸か不幸か、其のお蔭で彼は智広から見放された。

そんな彼の事を心の奥底で【羨ましい】と思ってしまった自分に驚いた。



「咲ちゃん」
「!」

いつの間にかシャワーを浴び終えた智広が横になっているわたしの隣に腰かけていた。

「智くん…」
「もういいよ。咲ちゃんもシャワー浴びておいでよ」
「…うん」

上体を起こして、智広と同じ目線になった。

「どうしたの?」
「ねぇ…智くん。もし…もしも…このまま子どもが出来なかったらどうする?」
「…」

何故突然こんな事を云ったのか解らない。

「も、もしもの話よ、もしもわた──っ!」

言葉半分にグッと其の場に押し倒された。

「何を云っているのか解らないよ、咲ちゃん」
「ち、智く…」
「妊娠するに決まっているだろう?子ども、出来るに決まっているよ?なんでそんな事を云うかな」
「…」
「咲ちゃん、今までだって僕の云うとおりにやって来たじゃない。咲ちゃんは出来る子なんだよ」
「ち、智広…い、痛…」

抑えつけられている手首がギリギリと酷く痛んだ。

「僕にはもう咲ちゃんしかしないんだからさ…そんな事、云わないでくれるかなぁ」
「ご、ごめん…云わない、もう、云わないから!」
「…」
「智…」
「ふふっ、おいたは程々に、ね」
「…」

智広はにっこりと其の美しい顔を綻ばせた。

「さぁ、シャワー浴びておいで」
「…うん」



──きっと静流さんはわたしの事を憎んでいるだろう


あんなにも慕い続けていた智広を奪った女がわたしだと知ったら、其れはとても憎らしい事だろうと思った。


(だけどね、静流さん)


わたしにしてみれば智広から逃れられたあなたこそがわたしは羨ましいの。

自由に、何処へでも行けるあなたが羨ましい。


(わたしはもう何処にも行けない)


確かに自分で選んで歩んで来た道だったけれど


(何処で間違えてしまったんだろう)



ザァァァァァァー

温かいお湯が容赦なく私の体を打ち付ける。

「…ふっ…うっ…」

胸に去来する哀しみの正体は一体なんだろう。

水飛沫で涙は瞬く間に流され、嗚咽もシャワーの音で掻き消される。

(智広…智広…)

今更ながら、わたしが愛した智広という男は、もうとっくにこの世から消えていなくなっているのだと気が付いてしまったのだった──





gde150
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