空港に着き、カウンターで搭乗手続きをしていると携帯が震えているのに気が付いた。

「はい」

『あ、正親?お母さんだけど』

「あぁ、何、どうしたの」

『先刻静流さんが破水してね、今、病院にいるのよ』

「えっ」

まさか──という気持ちがあった。


──あぁ、大丈夫よ。予定日までまだ一ヶ月あるし、初産は予定日より遅れるっていうし──


静流のあの言葉を訊いてからまだほんの数日だ。

(まさか…)

一種独特の厭な予感が俺の頭の中で過った。












「ごめんね…正親」
「えっ、何が」

其の日の夜になってやっと静流の元に帰った俺を待っていたのは、俺が到着するほんの一時間前に産まれたばかりの赤ん坊と母親になった愛おしい静流だった。

「立ち合い出産望んでいたのに…叶えてあげられなくて…」
「何云ってるの、静流こそたったひとりで苦しんで大変だったろう…ごめん、傍にいられなくて」
「…正親」

まだ真っ赤に浮腫んだ顔をしている静流を見れば、出産が如何に大変なものだったのか解り過ぎるほどに解って、自分の願いが叶えられなかったという残念な気持ちはあっという間になかった事になった。

「ん…ぷっ…」
「あぁ…可愛いなぁ~この眉毛、静流にそっくりだ」

静流の隣に寝かされている待望の我が子は、予定日より随分早く産まれたわりに体の大きな、とても元気な男の子だった。

「…其れ、本気?どう見てもお猿さんって感じよ、この子」
「な、何云ってんの!滅茶苦茶可愛いじゃないか!この子は絶対美男子になる!」
「…ふふっ、早速親馬鹿ぶりを発揮してる」
「本当に可愛いよ…ありがとう、静流」
「…え」
「本当に…俺の子を産んでくれて…ありがとう」
「正親…泣いているの?」
「だ、だって~~」
「……正親って涙脆いのね」
「うん……うん…脆いんだよ…」

昨日今日で人の生の両極端にいる者たちに会った俺にはどうしたって感慨深いものがあった。

一方はこれから輝かしい未来に向かって生きようと産まれ出でた者。

そしてもう一方はこれから罪を償うために其の命をかけ死に逝く者。

(俺はどちらの事を思って涙を流しているのだろう)

人生においてこんな経験をする時はそう多くないと思う。

だからこそ、この瞬間は心のまま、素直に感情を出したいと思うのだ。


「ねぇ、名前、どうする?まだ先の事だと思って考えていなかったよね」
「あぁ…そうだな…出生届提出日ギリギリまでじっくり考えよう?ふたりで」
「…うん」

母親となった静流はとても柔らかな笑みを浮かべる様になって、其の表情に俺はまた静流という女に惚れてしまった。



静流は今、幸せなんだろうか?


(──幸せ…なんだろう)


この温もりの光景に身を置けば、あの時兵馬さんが云った言葉の意味が解る様な気がしてしまったのだった。

1sil
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