長い年月を費やしてとうとう復讐を遂げようとしている男がいる。

其れを盲目的に手助けして来た男と女。

そうとは知らず、ただ純粋に復讐鬼に恋焦がれ、意のまま操られていた静流の事を思うと俺は居ても立っても居られなかった。

「全てを静流に話す」
「…」
「宇都宮智広に対しても、この一連の事態を世間に明るみにしてきちんと処罰を受けるべきだ」
「…」

其れが世の中の理(コトワリ)だろう。

いくら自身の不遇な過去があったとしても、其れによって人を殺していい訳がない。

己の復讐のために、自分を恋慕う少女の純粋な気持ちを捻じ曲げてでも成し遂げていい事なんてない。

(静流は…静流がどれだけ泣いたのか、あいつは知らないんだ!)

「兵馬さん、あんたもちゃんとした法的な裁きを受けるべきだ」
「──くっ…」
「…何」

俯いたままの兵馬さんがいきなり肩を震わせて笑い始めた。

「くっ…ふっ、あ、ははははっ!」
「何を笑って──」
「君は本当に…おめでたいくらいに明るく健全な心の持ち主なんだな」
「!」
「…そんな君だから…静流は今、幸せなんだろうな…」
「どういう──」

気が触れたのかと思った。

先刻までの罪にまみれ、懺悔めいた事を語っていた口調とは一転、其れは最後の力を振り絞って、吐き出された。

「兄貴を甘く見るな」
「!」
「静流は兄貴の思惑通り素直に君と結婚し、今、相模の血を引く子どもを孕んだお蔭で生き延びている」
「?!」
「静流をそう導いたのは全て兄貴の計画、兄貴の描いたシナリオ通りに静流は行動した──だから生きているんだ」
「…」
「いいか、静流に平穏で幸せな一生を送らせたいと思うなら、もう金輪際宇都宮と関わらせるな」
「…何、云って…」
「もう一度云う。兄貴が静流を生かしているのは、宇都宮から出て行き、本当の意味で君を愛したからだ」
「!」

兵馬さんの鬼気迫る告白に俺は背筋に冷たいものが走った。

「本当の恐怖というものを君は知らないのだろう──だけど俺は知っている。この世の憎悪というものを体現した人間を間近で見て来た俺は…本当の意味で逆らってはいけないもの、事が解る」
「…」
「いいか、君はもう兄貴の長いシナリオの一端に書き加えられている」
「!」
「君の行動如何では…静流は本当の意味で排除される」
「…」
「俺は…この命をもって罪を償う──まぁ、納得はしてくれないだろうけど…」
「…」
「頼む──静流を…静流を守ってくれ…」
「…」


其れが彼からの最後の言葉だった──




ろくな別れの挨拶もせず診療所を出て、陰鬱とした一夜を民宿で過ごし翌日、俺は其の島を後にした。

(多分、もうあの人と会う事はないだろう)

「…」


静流…

俺は、君を守るためにどうすればよかったんだろう──


(静流…)

とても後味の悪い気持ちのまま、俺は愛する静流の元に帰るべく空港に向かったのだった。

1sil
◆ランキングサイトに参加しています。
1ポチ頂けると執筆の励みになります。

恋愛ランキング
にほんブログ村 小説ブログ 恋愛小説(純愛)へ
にほんブログ村