FlowerLeaf

*AriaLien Sub BLOG*

2017年06月

Silent killer 24話



「兄貴の最終的な目的は社長になる事じゃなかった」
「?! どういう事ですか」
「兄貴の本当の意味での最終的な目的は…UTSUNOMIYAから宇都宮の人間を全て排除する事だ」
「!」

思ってもみなかった言葉に俺は驚いた。

「兄貴が憎んだのはUTSUNOMIYAという会社と、其れを創り上げ大きくして来た宇都宮一族。だから兄貴の復讐劇はまだ終わっていなかった」
「ま…さか── はっ!」

静流の母親はどうして亡くなった──?

(確か…不慮の事故、という記録しか…)

「静流の母親、麗華さんを殺したのは──俺だよ」
「!」

ずっと感じていた厭な予感の一片は此処から始まった。

「勿論宇都宮の人間を排除するといっても、この世から消し去るという意味ではなかった。殺すつもりなんてなかったんだ──ただ…兄貴にとっては不測の事態が起こったんだ」
「不測の…事態?」
「麗華さんが兄貴の子を妊娠した事だ」
「!」
「兄貴は其のつもりはなかった。麗華さんがどの様に兄貴の子を孕んだのかは…其れは解らないけれどね、兎に角兄貴は其の不測の事態を消し去らなくてはいけなかった」
「…」
「兄貴としては宇都宮の血を引く人間をUTSUNOMIYAから排除したかったんだ。其処にいくら自分の血を引いているとはいえ半分は宇都宮の血を引く子どもが出来たとあっては…」
「まさか…」
「──本当は子供が流れれば其れでよかったんだ」
「!」
「事故に見せかけて…車で麗華さんを轢いたのは──この俺だ」
「っ」

俺は…もういちいちまともに掛け合う事が辛かった。

其れほどまでにこの兵馬さんの告白は吐き気をもよおすほど酷かった。

「少し当てたつもりだった。転倒して、腹の子が流れれば其れでいいと──だけど…麗華さんはお腹をかばった事で打ち所が悪くて…」
「あ、あんた──!」

思わず兵馬さんの胸ぐらを掴んだ。

病魔に侵された其の軽い体は簡単に持ち上がり、易々と俺によって吹き飛ばされた。

「うっ…!」
「あんたは…し、静流の母親を殺して…其れでいてのうのうと静流の近くにいたって事かっ!」
「…あぁ、そうだよ。何食わぬ顔をして…葬儀にも出たし、静流を慰めもした」
「くっ──」
「しかも…母親殺しの俺は…よりにもよって静流を愛してしまって…到底叶わないだろう其の想いを少しでも昇華させるために静流をいいように騙して──肉体関係を持った畜生だ」
「兵馬ぁぁぁぁ!」


瞬間頭の中は真っ白になって


気が付いた時には、兵馬さんは口の端から血を流していた。


「はぁ…はぁはぁ…」
「……痛っ…はぁ…ポンコツになった今更…殴られるなんて事が起きるとは思わなかったな…」
「…」

ジンジンと痛む右手をギュッと握りしめる。

本当ならもっと、もっと殴ってやりたい気持ちがあった。

だけど──

「… 一発だけでいいのか?」
「…」
「君にとっては…腸が煮えくり返る話だろう?…いいんだぞ、もっと滅茶苦茶に殴ってくれて」
「…」
「──いや…殴ってくれ…静流の分も…もっと…もっと…」
「…」

ベッドの上で伏せって泣きじゃくる其の人は、俺の知っている且つての彼では全くなかった。

其処にいるのは、自分の犯した罪をずっと悔いて、そして報われないと知りつつも愛した女を諦める事も出来ず、悩み、悔やみ、苦しんだ末に、死に逝こうとしている哀れな男だった。

「…静流の母親を殺して…静流には厄介払いよろしく俺と見合いさせて体よく宇都宮の家から追い出した、そういう事か」
「静流に関しては…兄貴は長い時間をかけて自分に逆らわない、思うがまま服従させる様に躾けて来た。長年静流が抱いて来た兄貴への強い想い、其れを使って兄貴は最後の復讐を遂げた」
「…」
「其れは見事なものだったよ──なんの疑問を抱かせないまま、其の名の通り静かに、兄貴に流されるままに静流は宇都宮の家から排除された」
「…俺は…赦さない」
「…」

静流の事を思うと、どうしてもこの兄弟がして来た事を黙認するという事が出来なかった。

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Silent killer 23話



「全ての計画は今から二十六年程前から練られていた」
「…計画?」

兵馬さんは静かに話し始めた。

奇しくも俺は、全ての話を訊き終えた後、訊かなければよかったと心底思う事になるのだが。


「俺と兄貴…智広は10歳離れた兄弟だった。母親は俺が1歳の時に持病で亡くなっていて、ちいさな包装会社を営む父親と男ばかりの3人家族で、其れなりに幸せに暮らしていた」
「…」
「だけど兄貴が15、俺が5歳の時に悪夢の様な事件が起きた」
「事件?」
「当時唯一の取引相手だった大手企業がうちとの契約を打ち切ったんだ」

(大手企業…?)

「ただ打ち切っただけなら…其れはよくある話かもしれない。だけど其の時、親父は長年試行錯誤の末作り上げたとある包装技術のアイデアを其の取引企業に騙し取られ、おまけに自社の名前で特許まで取られてしまったんだ」
「そんな、なんで」
「…単なる厭がらせだよ。昔気質の親父の経営方針は前々から当時の取引企業の社長とは反りが合わなかった。ただ先代からの付き合いがあるからというだけでお情けで取引していた関係だったのを、此処に来て強硬手段に出たんだ」
「そんな酷い企業が…一体」
「UTSUNOMIYAだよ」
「──え」
「当時は麗華さん──静流の母親の父親が社長だった。其のワンマンな社長が自分の意に沿わないという個人的な理由だけで汚い手を使って親父を破滅させたんだ」
「…まさか」

俺の口からそう言葉が出たけれど、兵馬さんの鬼気迫る告白に、其れは真実なのだと思うしかなかった。

「失意の親父は酒浸りになって、あっという間に肝臓を壊して死んだ」
「!」
「…もう解るだろう?仕事も、親も失くした高校生と幼稚園児の兄弟がどんな思いで生きて行く事になるのか」
「…」
「兄貴はUTSUNOMIYAに復讐するために生きて行く事になる。そして俺は、そんな兄貴の役に立つ人間になるために自分自身を殺して生きて行く──俺たち兄弟の人生は全てUTSUNOMIYAを破滅させる事に注がれた」
「…兵馬さん」
「幼かった俺は兄貴と離され、遠縁の家に預けられる事になった。其の間、兄貴がどれだけの苦労をしてUTSUNOMIYAの社員にまでなったのかは…俺には知る由もない」
「…」
「だけど…兄貴には咲子さんがいた」
「咲子さん?!」
「あぁ、咲子さんは兄貴より4歳年上の幼馴染みで…彼女が兄貴を陰ながら支えて来たんだ」
「ま、まさか…」
「詳しい事は俺も知らないけれど咲子さんは積極的に兄貴の復讐劇に加担して来た。一足先にUTSUNOMIYAの社員になって、当時麗華さんと結婚していた婿養子の男を誘惑して、離婚にまで追い込んだのは咲子さんだった」
「なっ!」

其れは訊いた事があった話だ。

静流の父親はまだ静流が赤ん坊の頃、若い女子社員と不倫して其れを知った静流の母親は夫である静流の父親と離婚したのだと。

(其の不倫相手がまさか…咲子さんだった?!)

全ては智広さんの計画の一端だというのか。

「離婚した麗華さんに兄貴が近づき、取り入るまでに時間はかからなかった」
「…つまり智広さんは当時代替わりして社長になっていた静流の母親と結婚する事でUTSUNOMIYAへの復讐を果たした、という訳なんですね」
「…ははっ、まさか」
「え」
「相模の坊ちゃんは、よほど幸せな家庭に育ったんだろうなぁ」
「! 何ですか、いきなり」
「いや、他意はないんだ──ただ、普通ならそう考えるだろうよ。憎かった企業のトップになって、自分の思う様に操る実権を得れば其れで充分だろうと」
「…違う、んですか」

其の時、何故か厭な予感が一瞬した。

この時点で俺は本能的にこれから話される内容は静流に話す事が出来ないかも知れない──という予感がしたのだった。

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Silent killer 22話



古ぼけた簡素な病室に案内された。

生活感のない其の無機質なこの病室で此処数ヶ月過ごしていると彼は云った。

「此処には看護師と事務員が一人ずつしかいない診療所でね…まぁ診療所というのは名前だけかも知れない」
「…」
「大抵の島民は病気をしたら船に乗って最寄りの大きな町まで行くから…此処は静かなものだよ」
「どうしてこんな処に…」
「俺は此処で死ぬのを待っている」
「!」

あまりにも清々しい表情でそう云われたので絶句した。

「俺は弱い人間だったんだなぁと思うよ。気持ちが弱すぎて…思い悩み過ぎて自分で病気を呼び込んだ」
「…確か胃がんって」
「そう。潰瘍からがん化してね…手術しても手遅れだったみたいだ」
「…」

何と云っていいのか解らなかった。

俺自身、これまでの人生の中でこれから死に逝く人間と面と向かった事がなかったから。

「あぁ、ごめん。こんな事が訊きたかったんじゃないよな」
「え」
「俺の今の事なんかよりも訊きたい事があって、其のためにこんな処まで来たんだよな」
「…はい」


そうだ。

気持ちを切り替えなくてはいけない。

(何よりも静流のために──)


「本当は墓場まで持って行かなくてはいけないんだろうと思った」
「…」
「俺自身がした事を考えれば、今のこの状況は甘んじて受けるべき罰なのだから何も語らず、俺自身の命と引き換えに持って行かなくてはいけないと思っていた」
「…兵馬、さん」
「──静流は…元気なのかな」
「…えぇ。四年前に俺と結婚して…今は第一子の臨月を迎えています」
「そう…幸せにしてくれているんだね」
「勿論です」
「そうか…よかった…本当によかった…」
「!」

今まで淡々と受け答えしていた兵馬さんが急に涙を流し出した。

「本当は俺が…俺が…この手で幸せにしてやりたかった」
「…」
「愛していた…静流を…俺は愛していたんだ…だけど…俺には静流を愛する資格がなかった」
「其れは…義理でも叔父、という立場があったからですか?」
「叔父?そんな肩書、あったって関係ない。其の程度の弊害だけだったら俺は力づくで静流をものにしていた」
「!」

一瞬、死んだ魚の様な目にあり得ないほどの殺気を込めた眼光が宿った。

其れは睨みつけられた俺が恐怖で硬直する程に恐ろしいものだった。

「そんな事で俺は…静流を諦めた訳じゃない…俺は…」
「兵馬さん」

俺は泣きじゃくる兵馬さんの背中を擦った。

この人も何かをとても悩んで、苦しんでいるのだと思ったから。

しばらく俺に背中を擦られ、黙って俯いていた兵馬さんは顔を上げ俺を見た。

「…君、優しいんだね」
「え」

言葉はとても優しげなものだった。

だけど其の言葉とは裏腹に、俺に向かう気迫の様なものは酷く冷たいものだった。

「俺はね…正直静流を手に入れた君が憎くて仕方がない」
「!」

急にガシッと手首を掴まれ驚いた。

「な、何っ」
「憎くて…嫉妬して仕方がない──だからね、君には俺からの厭がらせを受けてもらうよ」
「?!」

言葉の真意が解らず戸惑い、掴まれている手首の掌を何とかしようともがく。

「──別に何もしないよ」
「…」
「ただ…俺の苦しみを分けるだけだよ」
「…苦しみ?」
「真実を話してあげる」
「!」
「其の真実を訊いた後、君が静流に其の事を話すかどうかは君に任せる」
「任せるって…話すに決まっています。静流は真実を知りたがっていたのだから」
「…ふっ」
「!」

鼻で笑われて、少し癪に障った。

「其れ、話を訊いた後でも同じ事を言云えら俺、拍手してあげるよ」
「…」

もしかして俺は…


訊いてはいけない事を


知ってはいけない事を


これから訊いて、知る事になるのだろうか──


(……)

そう戸惑いつつも、訊かない、知らないという選択肢はもう出来ない処まで来てしまっていたのだった。

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Silent killer 21話



秋から冬にかけては、フェリーのみが一日一往復するだけだと訊いてげっそりした。

北海道は北海道でも、有名な観光地ではない。

行くまで一日がかり。

人口が400人に満たない島。

一応観光化されているだけでもいくらかマシだと思うけれど…

(いや、だからといって何もないんだけど!)

其処には北海道らしい雄大な自然があるだけ。

(これは…見つけたあいつを偉いと褒めるしかないよな)


何度も居場所を掴みかけてはある日忽然と其れが断たれてしまう。

どんなに凄腕の調査員を雇っても、其れを上行く人物によって隠されてしまうという堂々巡りをこの何年も繰り返して来た。

(其処までして姿をくらませるのは何故だ)

黙々と目的地まで歩きながら考えるのはそんな事ばかり。

全ては愛おしい妻のためと思い、気力を振り絞ってようやく此処まで来たのだ。

(手持無沙汰では帰れないって)


やがて目的地である島唯一の診療所に着いた。

「ごめんください」

扉を開けて挨拶をした。

だけど返答はない。

時間的に診察時間ではないのかも知れないと思いながらも、しばらく其の場に立ち尽くす。

しかしやっぱり誰かいるという気配がなく、仕方がなく外に出ようとした。

「今、看護師さんいないよ」
「!」

ふいに背後から聞こえた声に驚いて一瞬体を強張らせた。

恐る恐る振り返ると、其処にはパジャマ姿の男性が立っていた。

其の風貌に俺は驚いた。

「──あれ、君…もしかして相模の…」
「あ…はい。そう、です」
「…そっか…君が此処に辿り着いたのか」
「…」

且つて資料で見ていた写真の人物とはあまりにも違ってしまっていて、今、俺の目の前にいる其の人が探し続けた彼だとは解らなかった。

「あの、あなたは…本当に…」
「心配しなくてもいい」
「え」
「俺が…常盤兵馬だよ」
「!」


結婚当初から静流に頼まれていた宇都宮智広の弟、常盤兵馬の居場所を見つけたのはつい数日前の事だった。

親交のあった人探しに関しては腕のいい人物がやっとこの島にいる兵馬さんを見つけ出したのだ。

しかし今の静流に其のままを報告する事が憚れた俺は、先に一度俺自身が兵馬さんに会って話を訊こうと思い、悪いとは思いつつ静流に出張だと嘘をついてこの島まで来たのだった。


「ふっ…其の顏。俺、そんなに変わったかなぁ」
「…相当、悪いんですか」
「…」

俺が知っている常盤兵馬という男は、今時の色男という風貌で、大抵の女なら誘われれば簡単に股を開くだろうという匂い立つ色気を持った男だった。

だけど今の彼にそんな要素は欠片もなかった。

酷い顔色で、ガリガリに痩せ細ったひょろ長い体は少し力を入れて押せば折れてしまうんじゃないかと思うものだった。

其れに既に顔には死相が出ている様にも思えた。

(恐らく其のせいで一処に留まる期間が長かった…という訳か)

今まで見つけられなかった理由、そして今回やっと見つけられた理由が垣間見れた姿だった。

「あの…」
「入りなよ」
「え」
「君、訊きに来たんだろう?」
「…」
「真実が知りたくて俺を探していたんだろう?」
「真実…」

木の枝の様な細い腕でスリッパを俺の前に出しながら兵馬さんは呟く様に続けた。

「もし此処に…こんな処まで俺を探しに来るもの好きがいたら…俺は全てを話そうと思っていたんだ」


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Silent killer 20話



しばらく宇都宮から距離を置こうと決めた日から時は瞬く間に過ぎた。

自分から働きかけなければ案外宇都宮の事とは無縁の毎日が過ごせた。

正親と結婚した当初は宇都宮の事、智広さんの事を気にかけて、これからの毎日がどの様に過ぎるのか不安になった事もあったけれど、そんな心配はあっという間になかった事になる程に正親との生活は愉しかった。

私にとって何よりも幸いだったのが、相模の家の人たちが皆いい人だったという事。

正親は勿論、義父母、義祖父母、みんなが私を嫁──というよりも娘の様に可愛がってくれたのがとても救いになった。

其のお蔭で私は宇都宮でのありとあらゆる想いから解放されつつあった。






「え、出張?」
「そう。急に決まってごめん」
「其れはいいけど、何処に?」
「北海道」
「わぁ、遠い~でも美味しいものがいっぱいあるからいいわね」
「んー、美味しいもの…食べられるかなぁ…」
「食べられないの?」
「あぁ、いや、食べられるといいな」
「? 変な正親」
「其れよりも…大丈夫かな」
「何が?」
「何がって…」

正親が徐に私の大きなお腹を優しく擦った。

「あぁ、大丈夫よ。予定日までまだ一ヶ月あるし、初産は予定日より遅れるっていうし」
「んーでも…」
「もう、そんなに心配しないで。お義母さんたちだっているんだし、何も心配いらないわよ」
「俺、絶対出産に立ち会いたいから帰って来るまで産んじゃダメだよ」
「あ~頑張ってみるね」
「静流ぅ~」
「もう、甘えないでよ!」


正親と結婚してから四年目。

私はやっと正親との間に子どもを授かる事が出来た。

正親は勿論、相模の家のみんなも大喜びで、今まで以上に私を大切にしてくれている。

正親は大学を卒業後、大宝テレビに入社した。

一般社員として現場の業務に日々奮闘していた。

そんな正親を私は妻として支えて来た。

(幸せ過ぎて怖いくらい)

そう、私の毎日はあまりにも幸せすぎて、其れがかえって怖いくらいだった。

時折忘れた頃に、宇都宮のおばさんが宇都宮の家の事を連絡して来たりするけれど、其れを何処か余所事の様に訊いている私がいた。

今では宇都宮の娘だったという事すら幻だったんじゃないかと思う位に、知らない人たちの話を訊いている様な感覚になっているのだった。


「静流、お土産何がいい?なんでも買って来てあげる」
「ん…特にはないけど…」
「けど?」
「…正親が無事に私の元に戻って来てくれれば…其れだけでいい」
「!」

私のそんな甘ったれた言葉を訊けば、やっぱり正親は私をギュッと抱きしめる。

「静流!おまえ…なんちゅー可愛い事を云うんだよ!不意打ちは止めろ、俺の身が持たない!」
「ちょ…く、苦しい、お腹!」
「あっ!ご、ごめん!つい…」
「もう…相変わらずなんだからなぁ」
「俺はいつまでも変わらないぜ。ずっと静流を愛しているんだから」
「…うん」

時々、今のこの時が幸せ過ぎて見えない事が沢山あるのだろうなと思う。

私が知らなくてはいけない事が沢山あるんだろうなと。

だけど

今はもう、何も知らなくてもいいのかも知れないとも思っている。

過去に何があって、其れは知らなければいけない事なのかも知れないけれど、私から知ろうとしなくてもいい事ならば私はあえて知りたいとも思わなくなった。

今、私が望むべき事はこれからの事。

未来の事。

これから産まれてくる正親との愛おしい子どもとの事。

きっと明るいだろう未来に向けての事を考えるだけで幸せな気持ちになるのだから──

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