FlowerLeaf

*AriaLien Sub BLOG*

2017年06月

Silent killer (番外編)




わたしはあの日を忘れない──



「咲ちゃん」
「ん…あっ、はぁ」

奥深くを抉る様に突き刺さったモノは、いつもわたしに甘い快楽を与えるものではなく

「はぁ…咲ちゃん…んっ」
「あっ…ひゃぁ…イ、イッちゃう──」

あの日を決して忘れるんじゃないという苦い痺れをもたらすモノだった。


「はぁ…はぁ、はぁはぁ…」
「…智くん」
「ん?」
「ごめん…ごめんね…」
「何が」
「…赤ちゃん…折角授かったのに…」
「また其れ…いつもこういう時に云わなくていいんだよ」
「あ」

ズルッとわたしの中から抜き出された智広のモノからは、今出したばかりの精液がポタポタと滴っていた。

「仕方がないよ。咲ちゃんいい歳だからさ、高齢で出産までこぎつけるのって大変なんだろう?」
「…いい歳って」

(天使の様な笑顔で酷い事を平気で云う)

「また作ればいいよ──僕は毎晩でも頑張れるからね」
「…うん」
「先にシャワー浴びてくる。咲ちゃんはいつもの様にお尻を高く上げているんだよ」
「解った」

受胎しやすい様に行為が終わった後、数十分お尻の下にクッションを置いて高く腰を上げる。

(これ…本当に効くのかな)


40を過ぎたわたしはつい半年前、智広との間に出来た子どもを流産していた。

胎児の心音が確認出来なくなった時には既にわたしの子宮の中で死んでいた。

高齢妊娠では想定される死産だと云われても、中々納得出来ずに散々泣き明かした。

其の時、わたしは『これは罰なのかも知れない』と思った。


「…」

わたしと智広の運命が変わったのはわたしが19歳、智広が15歳の時だった。

智広の父親が亡くなって、其れまで明朗活発で表情がくるくる変わる、年相応の男の子だった智広が一瞬にして人が変わってしまった。

『──咲ちゃん、俺…これからゲームを始めるよ』
『え…』

あの日、わたしにそういった智広の顔を、其の瞳に宿る憎悪の炎を見た事を忘れない。


──忘れられる訳がなかった


智広に好意を抱いていたわたしは智広の望む事を叶えてあげたいと思う様になった。


『咲ちゃん、UTSUNOMIYAに就職してよ』

そう云われればわたしはUTSUNOMIYAに就職した。

『咲ちゃん、社長の娘婿を誘惑してよ』

そう云われればわたしは麗華さんの夫を誘惑した。

『咲ちゃん、UTSUNOMIYAを辞めて整形して顔を変えてよ』

そう云われればわたしは仕事を辞め、顔を作り替えた。

『咲ちゃん、宇都宮家に家政婦として潜入してよ』

そう云われればわたしは宇都宮の家政婦として潜り込んだ。

全ては智広のためにわたしは行動して来た。

時折わたしを抱く智広の温もりだけは真実なのだと何度も心に云い訊かせて、わたしは智広が歩むべき修羅の道に付き添い続けたのだ。

全ては智広がUTSUNOMIYAを手に入れて、宇都宮家から宇都宮の血族を排除するまで。

智広の長年の復讐劇が終われば、其の先は平穏な日々が訪れるのだと思っていた。

だけど

心が弱った時にはいつも思い知らされてしまう。

人に嘘をつき、人を欺き、自分の意志とは関係のない行為を散々行って来たわたしはいつか罰が当たるんじゃないかって──

(兵馬くん…)

彼はもうひとりのわたしだ。

彼はわたしと同じように智広に手駒にされたひとり。

純粋で繊細な心の持ち主だった彼は、智広からの呪縛に耐えられずに病を患った。

幸か不幸か、其のお蔭で彼は智広から見放された。

そんな彼の事を心の奥底で【羨ましい】と思ってしまった自分に驚いた。



「咲ちゃん」
「!」

いつの間にかシャワーを浴び終えた智広が横になっているわたしの隣に腰かけていた。

「智くん…」
「もういいよ。咲ちゃんもシャワー浴びておいでよ」
「…うん」

上体を起こして、智広と同じ目線になった。

「どうしたの?」
「ねぇ…智くん。もし…もしも…このまま子どもが出来なかったらどうする?」
「…」

何故突然こんな事を云ったのか解らない。

「も、もしもの話よ、もしもわた──っ!」

言葉半分にグッと其の場に押し倒された。

「何を云っているのか解らないよ、咲ちゃん」
「ち、智く…」
「妊娠するに決まっているだろう?子ども、出来るに決まっているよ?なんでそんな事を云うかな」
「…」
「咲ちゃん、今までだって僕の云うとおりにやって来たじゃない。咲ちゃんは出来る子なんだよ」
「ち、智広…い、痛…」

抑えつけられている手首がギリギリと酷く痛んだ。

「僕にはもう咲ちゃんしかしないんだからさ…そんな事、云わないでくれるかなぁ」
「ご、ごめん…云わない、もう、云わないから!」
「…」
「智…」
「ふふっ、おいたは程々に、ね」
「…」

智広はにっこりと其の美しい顔を綻ばせた。

「さぁ、シャワー浴びておいで」
「…うん」



──きっと静流さんはわたしの事を憎んでいるだろう


あんなにも慕い続けていた智広を奪った女がわたしだと知ったら、其れはとても憎らしい事だろうと思った。


(だけどね、静流さん)


わたしにしてみれば智広から逃れられたあなたこそがわたしは羨ましいの。

自由に、何処へでも行けるあなたが羨ましい。


(わたしはもう何処にも行けない)


確かに自分で選んで歩んで来た道だったけれど


(何処で間違えてしまったんだろう)



ザァァァァァァー

温かいお湯が容赦なく私の体を打ち付ける。

「…ふっ…うっ…」

胸に去来する哀しみの正体は一体なんだろう。

水飛沫で涙は瞬く間に流され、嗚咽もシャワーの音で掻き消される。

(智広…智広…)

今更ながら、わたしが愛した智広という男は、もうとっくにこの世から消えていなくなっているのだと気が付いてしまったのだった──





gde150
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Silent killer 28話(終)



宇都宮智広はまるでサイレントキラーだ。

本来は医学用語でもある<静かなる殺し屋>という意味を持つサイレントキラーという言葉だけれど、静流にとってはまさに宇都宮智広は静かに心を蝕んで行く病原体其のものだった。

傍にいればいる程に其の存在は見えにくく、気が付いた時は手遅れになる。

厄介な事に其の病原体は甘美な快楽と痛みをもたらす、麻薬の様な中毒性があった。

其処から如何に抜け出す事が出来るかどうかで生き死にが変わって来る。

遠く離れてしまえば其れ以上心を蝕まれる事はない。

其の存在の悪に早くに気が付けば、本当の意味での幸せを手に入れる事が出来るのだ──






「ちょっと、正親!いい加減にして!」
「え、何が?」

今日もうちの可愛い奥さんは元気だ。

「まだ予定日までは二ヶ月以上あるの!そんなに簡単に産まれないわよ」
「そんな事解らないじゃないか!輝一路の時だってまだ一ヶ月あるから大丈夫だって──」
「だからって、仕事を放ってずっと家にいるっていうのはおかしいでしょう!」
「大丈夫!俺、今産休取ってんの」
「は?」
「うちの会社にもそういう制度取り入れようと思っててさ、臨月の奥さんがいる男性社員も前倒しで産休取れる制度」
「…」
「やっぱり出産の時は夫も付き添うべきだと思うんだよね。俺の経験上、出産予定日二ヶ月くらい前から休んでいいと思うんだ」
「…」
「父さん──社長もさ、いいんじゃないかって検討に前向きなんだ。で、とりあえず俺が率先して産休のデモを──」
「~~いいから会社、行きなさい!」
「わっ、お、怒るな静流!腹の子に障る~~」

二人目を妊娠中の静流は此処最近やたら気が立っている。

「パパとママ、なかよしさんだねぇ」
「! 輝一路、お昼寝から起きちゃったの?」
「静流の声が大きいからだ」
「なっ、だ、誰のせいで~~」
「パパ、マ──あっ」
「わっ、危ない」
「輝一路、ちゃんと前を向いて歩きなさい!」

畳み途中の洗濯物を踏み付け足を滑らせ転びそうになった息子を寸での処で抱きとめる。

もうじき3歳を迎える輝一路はおっとりした子ではあるが、時々信じられない行動に出たりするから目が離せない。

「あははっ、パパぁ~」
「…全く…誰に似たんだこの憎めない性格」
「性格の良さは当然私よ」
「えっ」
「何、其の顏」
「あ、い、いや…」
「パパ、ママ、なかよしさん」
「「!」」

俺と静流の頬に順番にチュッとキスをする輝一路に、俺たちは毒気を抜かれ思わず笑いあった。


子は鎹(カスガイ)とはよくいったものだ。

もっとも仮に子どもがいなくても俺と静流は仲良しな事に変わりはないのだけれど。

「あぁ、本当輝一路には敵わないなぁ」
「ママ、しゅき」
「ママも、輝一路が大好き」
「パパのこともしゅき?」
「うっ…す、好きよ」
「やっぱりなかよしさんだねぇ」

「…」

仲睦まじい二人の姿を見ていると、どうしたって今の静流は幸せなんだろうと思う。

この数年、思慮深く静流を中心に、宇都宮の事を見守って来た。

そして今ではほぼ確信が持てる様になった。

あの時云った兵馬さんの言葉は正しかったのだと。

『いいか、静流を平穏で幸せな一生を送らせたいと思うなら、もう金輪際宇都宮と関わらせるな』

今のUTSUNOMIYAは完全に宇都宮智広の独裁体制の上、好業績をあげている。

彼は長年の宿願を果たした様だった。

もっとも俺自身、仕事絡みでの表面上の浅い付き合いしかないために深層はどうなっているか解らないけれど、静流を完全に宇都宮から切り離した事によって今の平穏な生活はあった。

(真実は全て俺の心の中にだけ──)

其れが俺が下した結論。

全ては静流を守るために、俺は生涯この酷く蝕んだ真実を抱えて生きて行く事になるのだ。


其れはまるで呪いの様だ。


兵馬さんが最後に俺にかけた呪い。


自分が手に入れる事が出来なかったもの、全てを手に入れた俺への、まさに最後の厭がらせだった。

(でも…静流を手に入れるためならこの程度の苦しみ、なんてことない)

独り抱えて行くには辛い真実だけれど、やはり傍に愛する静流、輝一路がいれば其れは耐えられるものなのだった。


「正親、明日はちゃんと会社に行くのよ」
「えぇ~勘弁してよ。俺、静流の傍にいたいよ」
「あ、甘ったれないで」
「ははっ、真っ赤になっている」
「正親!」


あぁ…


今日も静流は元気に怒って、呆れて、笑って


幸せそうだ───





1sil
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Silent killer 27話



産まれた我が子に輝一路(キイチロ)と名付けてから二週間ほど経った頃、例の宇都宮のおばさんから連絡があった。


「…兵馬さん、亡くなっていたんですって」
「──え」

私は輝一路をあやしている正親の隣に座り込んで告げた。

「今…宇都宮のおばさんから電話があって…胃がんだったみたいでずっと遠い処で療養していたんですって」
「…」
「兵馬さん、私や智広さんに心配をかけたくないからって理由でずっと身を隠していたみたい。だけど…ついこの間…そう、輝一路が産まれた日と同じ日に亡くなったって…」
「……やっぱり」
「え」

正親が何かボソッと呟いたけれど、其れに気を留めていなかった私は何を云ったのか解らなかった。

「いや、其れにしたって亡くなってから随分経って静流に連絡して来るなんてあんまりじゃないか」
「智広さんが気を使ったみたい。私が出産したばかりで大変だろうという事で…其の、ショックを受けるんじゃないかと」
「…」
「葬儀も智広さんがごく内輪で済ませたみたい。兵馬さん北海道のなんとかって島に居たみたいで、其処で火葬してお墓も建てたって」
「──そう」
「…」
「静流、大丈夫?」
「え…あ、うん」

正親は輝一路を抱いていない、空いている右腕でそっと私を抱きしめた。

「不思議…あんなに気になって仕方がなかった兵馬さんの行方が解って…いなくなった理由もわかって…亡くなったって訊いたのに…私、なんだかホッとしている」
「え」
「…変な話、私、もしかしたら兵馬さんは私との事で気に病んで、何処かで…自ら命を絶っていたんじゃないかって…そんな考えをした事もあったから」
「静流…」
「病気だったのね…がん…最後は苦しかったんじゃないかしら」
「…」
「たったひとりで…近しい人の誰にも看取られる事無く…たったひとりで…逝ったのかしら」
「…静流」

兵馬さんは本当はとても気持ちの繊細な人なんじゃないかと思っていた。

いつも表面上は飄々としておちゃらけた人だったけれど、其れは仮の姿の様な気がした事もあった。

あの日…

最後に兵馬さんに会ったあの日に兵馬さんが呟いた

『…俺、静流の事、愛せたらよかったのに…』

あの言葉の真意は永遠に知る事が出来なくなった。



「…ごめん…正親」
「何」
「今だけ…今だけ…兵馬さんの事を想って泣くのを…赦して」
「…あぁ」
「う…ううぅ…」


嫌いじゃなかった。

私にとっての兵馬さんは兄の様な存在でとても…好ましい人だった。

(智広さんの事がなかったら私たちはどうなっていたかな)

義理とはいえ叔父と姪として、其れなりに違った関係を築いていたかも知れないね。


「兵馬さん…兵馬さん」
「…」

正親の事を思うと今、私は酷い事をしているのかも知れない。

だけど何故か、正親が私を抱きしめる腕はとても温かくて、優しくて、時折体を擦ってくれる感触から哀悼めいた感情が流れてくる気がしたのだった。

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Silent killer 26話



空港に着き、カウンターで搭乗手続きをしていると携帯が震えているのに気が付いた。

「はい」

『あ、正親?お母さんだけど』

「あぁ、何、どうしたの」

『先刻静流さんが破水してね、今、病院にいるのよ』

「えっ」

まさか──という気持ちがあった。


──あぁ、大丈夫よ。予定日までまだ一ヶ月あるし、初産は予定日より遅れるっていうし──


静流のあの言葉を訊いてからまだほんの数日だ。

(まさか…)

一種独特の厭な予感が俺の頭の中で過った。












「ごめんね…正親」
「えっ、何が」

其の日の夜になってやっと静流の元に帰った俺を待っていたのは、俺が到着するほんの一時間前に産まれたばかりの赤ん坊と母親になった愛おしい静流だった。

「立ち合い出産望んでいたのに…叶えてあげられなくて…」
「何云ってるの、静流こそたったひとりで苦しんで大変だったろう…ごめん、傍にいられなくて」
「…正親」

まだ真っ赤に浮腫んだ顔をしている静流を見れば、出産が如何に大変なものだったのか解り過ぎるほどに解って、自分の願いが叶えられなかったという残念な気持ちはあっという間になかった事になった。

「ん…ぷっ…」
「あぁ…可愛いなぁ~この眉毛、静流にそっくりだ」

静流の隣に寝かされている待望の我が子は、予定日より随分早く産まれたわりに体の大きな、とても元気な男の子だった。

「…其れ、本気?どう見てもお猿さんって感じよ、この子」
「な、何云ってんの!滅茶苦茶可愛いじゃないか!この子は絶対美男子になる!」
「…ふふっ、早速親馬鹿ぶりを発揮してる」
「本当に可愛いよ…ありがとう、静流」
「…え」
「本当に…俺の子を産んでくれて…ありがとう」
「正親…泣いているの?」
「だ、だって~~」
「……正親って涙脆いのね」
「うん……うん…脆いんだよ…」

昨日今日で人の生の両極端にいる者たちに会った俺にはどうしたって感慨深いものがあった。

一方はこれから輝かしい未来に向かって生きようと産まれ出でた者。

そしてもう一方はこれから罪を償うために其の命をかけ死に逝く者。

(俺はどちらの事を思って涙を流しているのだろう)

人生においてこんな経験をする時はそう多くないと思う。

だからこそ、この瞬間は心のまま、素直に感情を出したいと思うのだ。


「ねぇ、名前、どうする?まだ先の事だと思って考えていなかったよね」
「あぁ…そうだな…出生届提出日ギリギリまでじっくり考えよう?ふたりで」
「…うん」

母親となった静流はとても柔らかな笑みを浮かべる様になって、其の表情に俺はまた静流という女に惚れてしまった。



静流は今、幸せなんだろうか?


(──幸せ…なんだろう)


この温もりの光景に身を置けば、あの時兵馬さんが云った言葉の意味が解る様な気がしてしまったのだった。

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Silent killer 25話



長い年月を費やしてとうとう復讐を遂げようとしている男がいる。

其れを盲目的に手助けして来た男と女。

そうとは知らず、ただ純粋に復讐鬼に恋焦がれ、意のまま操られていた静流の事を思うと俺は居ても立っても居られなかった。

「全てを静流に話す」
「…」
「宇都宮智広に対しても、この一連の事態を世間に明るみにしてきちんと処罰を受けるべきだ」
「…」

其れが世の中の理(コトワリ)だろう。

いくら自身の不遇な過去があったとしても、其れによって人を殺していい訳がない。

己の復讐のために、自分を恋慕う少女の純粋な気持ちを捻じ曲げてでも成し遂げていい事なんてない。

(静流は…静流がどれだけ泣いたのか、あいつは知らないんだ!)

「兵馬さん、あんたもちゃんとした法的な裁きを受けるべきだ」
「──くっ…」
「…何」

俯いたままの兵馬さんがいきなり肩を震わせて笑い始めた。

「くっ…ふっ、あ、ははははっ!」
「何を笑って──」
「君は本当に…おめでたいくらいに明るく健全な心の持ち主なんだな」
「!」
「…そんな君だから…静流は今、幸せなんだろうな…」
「どういう──」

気が触れたのかと思った。

先刻までの罪にまみれ、懺悔めいた事を語っていた口調とは一転、其れは最後の力を振り絞って、吐き出された。

「兄貴を甘く見るな」
「!」
「静流は兄貴の思惑通り素直に君と結婚し、今、相模の血を引く子どもを孕んだお蔭で生き延びている」
「?!」
「静流をそう導いたのは全て兄貴の計画、兄貴の描いたシナリオ通りに静流は行動した──だから生きているんだ」
「…」
「いいか、静流に平穏で幸せな一生を送らせたいと思うなら、もう金輪際宇都宮と関わらせるな」
「…何、云って…」
「もう一度云う。兄貴が静流を生かしているのは、宇都宮から出て行き、本当の意味で君を愛したからだ」
「!」

兵馬さんの鬼気迫る告白に俺は背筋に冷たいものが走った。

「本当の恐怖というものを君は知らないのだろう──だけど俺は知っている。この世の憎悪というものを体現した人間を間近で見て来た俺は…本当の意味で逆らってはいけないもの、事が解る」
「…」
「いいか、君はもう兄貴の長いシナリオの一端に書き加えられている」
「!」
「君の行動如何では…静流は本当の意味で排除される」
「…」
「俺は…この命をもって罪を償う──まぁ、納得はしてくれないだろうけど…」
「…」
「頼む──静流を…静流を守ってくれ…」
「…」


其れが彼からの最後の言葉だった──




ろくな別れの挨拶もせず診療所を出て、陰鬱とした一夜を民宿で過ごし翌日、俺は其の島を後にした。

(多分、もうあの人と会う事はないだろう)

「…」


静流…

俺は、君を守るためにどうすればよかったんだろう──


(静流…)

とても後味の悪い気持ちのまま、俺は愛する静流の元に帰るべく空港に向かったのだった。

1sil
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