ノロノロと動き出した私はとりあえず短期間の旅行に行く様な荷造りをして屋敷を出た。

昨日までは大勢の使用人が『お嬢様、行ってらっしゃいませ』と口を揃えて云っていたのに…

(…本当にもう誰もいないのね)

ガランとしている玄関ホールを見つめてため息が出た。


そして私は生まれて初めて誰に見送られる事なく、屋敷を出たのだった──


門まで続く長い道をトボトボと歩く。

頭に浮かぶのはお父様の事、そして

(天眞…)

最後に私に無礼な態度を取った加々宮天眞は、今から13年前、私が7歳の誕生日を迎えた其の日に見つけてお父様に「欲しい」と強請った5歳年上の男の子だった。

其の日、借金の返済期限を伸ばしてもらうために早乙女の屋敷に直訴に来た母親と共にいたのが天眞だったのだ。

天眞の家は天眞が5歳の時に父親が亡くなって以来母親がひとりで天眞を育てて来た。

亡くなった父親が早乙女の会社から借金をしていて、其れを母親が引き継いで返済していたという事だったが、期日に払えないという事が何度かあり、とうとう住んでいる家を抵当に入れられる事態になって困り果てたギリギリの状態で直訴に来ていたという事だった。

そんなタイミングで私は天眞を見つけ、気に入り、お父様に欲しいと強請った。

私のお願いを訊いてくれたお父様は天眞を私付きの世話係という形で母親から引き取り、其の代わりに借金は全てチャラにするという交換条件を出し、母親は泣く泣く承知したという顛末。

其の時の私はただ天眞が欲しい、傍に置いておきたいと其ればかりの気持ちで天眞をおもちゃのひとつの様に手に入れたのだけれど、今となっては時々考える事があった。

あの時、天眞はどんな気持ちだったんだろう。

母親から引き離され、屋敷で過ごす事になって全ての日常を私を中心に考えて行動する事を強要された時の気持ちは…

(どう、思っていたのかしら)

私には解らない。

だって私は天眞じゃないんだから。

──ただ

母親から引き離される気持ち、というのは私にも何となく解る気持ちなのかも知れないと思った。

母親の温もりを知らずに生きて来た私だけれど、やっぱり見た事も触れた事もない母でさえ恋しいと思うのだから。

(きっとずっと私の事を恨んで生きて来たんだろうな…天眞は)

だけど其の立場上、表面的には天眞は私にとっていい遊び相手になった。

何でも私のいう事を訊いて、望みを叶えて、私の傍にいる事が恥ずかしくない様に早乙女が用意した名門の中高大一貫学校を其れなりの成績で卒業した天眞は私にとってちょっとした自慢になった。

其れに昔は女の子みたいに可愛い顔立ちをしていた天眞は成長すると共に其の可愛らしさは艶やかで綺麗な造形に変化して行った。

私にとっては其の見た目の良さも誇れるものになっていて、事ある毎に天眞を連れて歩いて友だちや知り合いの女の子たちの羨望の眼差しを浴びたものだった。


『凛子さま、何なりとお申し付けください。私は凛子さまだけのお世話係なのですから』

「…」

天眞はいつも優しく私に接してくれた。

どんな我儘にも嫌な顔ひとつ見せた事がなかった天眞。

(其れなのに…)

先刻の天眞の行動が酷くショックだった。

早乙女という誇りある家名もお金が無くなって借金を作ってしまえばただの普通の落ちぶれた家名になってしまうのだと思い知った。

(だけど一日にしてこの変わり様…なんだかなぁ)

怒涛の出来事は、私から気力と体力を奪っていった。

(これからどうしよう…何処に行ったらいいの?)

この時になってやっと私は屋敷を出て、何処へ行けばいいのか解らないという事に気が付いたのだった。


00a22
◆ランキングサイトに参加しています。
1ポチ頂けると執筆の励みになります。

恋愛ランキング
にほんブログ村 小説ブログ 恋愛小説(純愛)へ
にほんブログ村