私は早乙女 凛子(サオトメ リンコ)

この春短大を卒業して、花嫁修業という名の自由気ままな毎日を送っていた。

早乙女家は代々ここら辺一帯の膨大な土地を所有する大地主であり、代々金貸しを生業として大きくなったいわゆるお金持ち──という家だった。

其の早乙女家の現当主である早乙女 順三郎の娘が私だ。

私の父は早乙女家の三代目で、早乙女家の栄華は昔と変わらず現代でも遜色なく色濃く栄えているのだとばかり思っていたのに──


「実は数年前から少しずつ衰退していたのです。傘下の事業部から順に潰れて行き、そしてとうとう本社の営業もままならなくなりました」
「な、なんでそんな事に…」
「ひとえに社長のワンマン経営のツケでしょうね」
「ワンマンって」
「凛子さまはご存知ではないと思います。社長はひとり娘の凛子さまを溺愛していましたから決して裏の、本当の顔を見せた事はありませんでした」
「裏の顔?」
「社長は高利貸しの負債者に対しては徹底した厳しさで取り立てを強攻していました。情けを一切掛けずに、どんな手段を取らせても借りたものを返させていました」
「…」
「時には死人が出る事もありました」
「!」

(まさか…そんな)

私には甘くてべったりで、どんな我儘も訊いてくれた優しい父という印象しかない。

其れがまさか──

「そういう訳で昨日付けで会社は倒産、多額の負債金だけが残りました」
「負債金って…いくらよ」
「凛子さまに云ってもどうにもならないぐらいの途方もない金額です」
「…そ、んな」

私はあまりにも突然の事過ぎて、何をどうしたらいいのか全く解らず其の場にへたり込んでしまった。

「既に負債に充てられるものは全て抵当に入っています。この屋敷も其のひとつになります」
「…」
「屋敷に勤めていた従業員には細やかながら退職金を配り、全てを解雇しました。残るは凛子さまただひとりという事になります」
「ちょっと…待ってよ、お、お父様は?」
「…」
「お父様はどうしたのよ!昨日朝、私が出かける時に挨拶したきりで…まだ会っていないわ。お父様に会わせてよ!」
「いらっしゃいません」
「どういう事よ」
「今頃はインド洋周辺の海域を目指しているんじゃないでしょうか」
「は?」
「社長は少しでも借金返済をするために昨日午後から遠洋マグロ漁船に乗り込んでいます」
「?!」

(嘘っ!)

信じられないという様な顔をして茫然としていると、彼、加々宮 天眞(カガミヤ テンマ)は云った。

「さぁ、必要最低限のものを鞄に詰めて屋敷から出なさい」
「! て、天眞、あんた何様よ!私にそんな口を訊いて──」

天眞を叩こうとして振り挙げた腕は簡単に天眞に取られてしまう。

「!」
「俺は社長から頼まれて屋敷に残って残務処理をしているんです。あの社長が頭を下げて俺に頼んだんですよ」
「…」
「其の哀れな姿勢に少しだけ仏心を出して、誠意を持って凛子さまにも接しています──しかし本当なら」
「! んっ」

いきなり捉まれていた腕が引っ張られ、其のまま天眞の体にすっぽりとはまって強く唇を押し付けられた。

(キ、キス?!)

押し付けられた唇は直ぐに離され、其れと同時にトンッと体も離された。

「こういう事をされても何も文句を云えない立場になったのですよ、あなたは」
「な…なっ…」

まともに喋る事が出来ない私に天眞は酷く蔑んだ表情を見せた。

其れは今まで私が知っている天眞の顔じゃなかった。

「あなたには情けをかけてこんな状況になった今でもあえて丁寧に喋っています。其れは今までの恩に報いる俺なりの情けです」
「…」
「しかし、この屋敷を一歩出れば其れもなくなります──覚えておいてくださいね」
「…」

無機質な表情で、機械的に云うだけ云って天眞は部屋を出て行った。


私は再び其の場にへたり込んで、混乱する頭で一生懸命冷静になろうとした。

(お、落ち着くのよ、凛子…落ち着いて…よく考えるの)

何度も其ればかりを繰り返し考えるけれど、一向に頭も体も動かずにいた。

ふと目に入った数々の写真立て。

其の中には私を産んだと同時に亡くなったお母様の写真があった。

(お母様…私、どうしたらいいの?)


早乙女の屋敷という温室とお父様の庇護の下でぬくぬくと育って来て私は、いきなりひとりぼっちで外に放り出される恐怖にただ震えるばかりだった。


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