『いいなぁ澪は。みんなの憧れだった五條先輩と一緒に働いているなんてさぁ』

「…」

『みんな噂していたよ?本当はふたり、デキているんじゃないかって』

「デキてないよ」

『まぁ昔から澪を知っているわたしはそういう話ほどアテにならないとは思っているけどさ、やっぱり相手があの五條先輩ってなると流石の澪もついに陥落したかって思ったりしてね』

「していないよ、あり得ない!」


仕事で疲れ切った体を布団に投げ出して親友との電話でひと時を過ごす。

中学高校、そして大学まで一緒だった親友の水穂(ミズホ)は卒業後出版社に入社した。

会う機会は減ったけれど、こうやって電話で話が出来るから寂しい気持ちはあまりない。


『でも…わたしはいいと思うけどね、五條先輩』

「え」

『そりゃあの見てくれだからモテるのは解ってるんだけど、なんていうかさ、彼女には一途な感じがするもん』

「…」

『多分彼女をすっごく大切にするタイプだと思う。だから澪、もし先輩がアプローチし掛けて来たら受ける方向で考えた方がいいよ』

「あのねぇ…そういうの、絶対ありえないから!五條さんと私の間にそういうの…本当ない」

『えぇーそんなの解らないじゃん。男と女なんて些細な事からどうなるか──』

「…」

(いや…本当、そういうの、絶対ありえない展開だから)



通話終了ボタンを押してポンッと布団に携帯を置く。

「…はぁ、今日も疲れた」

ウォーターサーバーを扱うレンタル会社に五條さんの紹介で就職した。

そして社会人になったのを機にひとり暮らしを始めた。

母ひとり子ひとりの生活を11年程送って来たからいざ母と離れて暮らすという事には少しの不安があったけれど『澪、ちゃんと自立してお母さんを安心させて頂戴』という母の言葉に反論なんて出来なかった。

11の時に父が亡くなってから私を女手一つで育ててくれた母には、もう私の事で苦労させたくないという気持ちもあったから。

「…」

母はいつまで私の母でいてくれるのだろう。

生の理(コトワリ)からいえば、余程の不幸がない限り子どもの私より母の方が先に逝くだろう。

其の時私はまた父の時の様な悲しみに胸を抉られるのだろうか?

(…あー厭だ…本当に厭だ)

出来る事なら愛する家族を失う恐怖、悲しみは味わいたくない。

でもどうしても味わわなければいけないのなら、其れは必要最低限で留めておきたい。

(悲しいのは厭…)

だから私は母以外に家族を持ちたくない。

誰かを愛して…

人生を共に歩んで行く事になる相手を見つけて家族になってしまったら、またあの時の恐怖をひとつ背負い込む事になるのだから。

(私は誰にも恋しない。愛さない。結婚も──しない)


『馬っ鹿じゃねぇの』

「!」

フッと蘇る記憶。

私の気持ちを知る人の中で其の想いを共感をしてくれる人はあまりいなかったけれど、あんなに辛辣な言葉で否定されたは初めてだった。

『失うのが怖いから恋しないって、本っ当おまえは馬鹿だ』

私に秘密を知られた五條さんは怯む事無く私の想いに悪態をついて罵倒した。

其れ以来五條さんは私にとって苦手な人になったのだけれど、いつの間にかどうしても避けて通る事の出来ない人になっていた。


(…はぁ…何も考えたくない…もう寝よう)

起きてぼんやりしていると考えたくない事まで考えてしまう。

こういう時はサッサと寝てしまうに限るのだ。


「…おやすみなさい」

誰に云うのでもなくそう呟いて私は深い眠りについたのだった。


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