私が小学5年生の時、父は亡くなった。

大工だった父は建築中の建物から足を滑らせてあっけなくあの世に行ってしまったのだ。

あまりにもあっけなくて残された私と母はしばらく泣く事も忘れ茫然としていた。


慌ただしく葬儀がとり行われ、様々な書類上の手続きや公的施設を周り、其の全てを終えた頃やっと悲しみが湧いて来て私と母は大泣きした。

母が子どもの様に大泣きした姿を見た私は、如何に母が父を愛していたのかをまざまざと見せつけられた。

そして思った。

こんな悲しみがやって来るのはこれっきりにして欲しい──と。

愛する家族がいなくなる事ほど悲しい事はない。

だったら私は母以外の家族を作る事は止めよう。

家族がいなければこれほどまでに悲しい事は私の身には降りかからないのだから。



──そして私は人を愛する事を止めた










「ちょ…ちょっと、五條さん!」
「なんだよ、喋っている暇があったらキビキビ歩けよ」
「なんですか其の云い草!そんなに急いでいるんならタクシー使いましょうよ」
「勿体ない。電車と徒歩で行ける距離なんだから必要ないだろう──ほらサッサと歩け」
「~~~っ」

(相変わらず気配りゼロなんだから!)


私は十倉 澪(トクラ ミオ)

大学時代に親しくしていた先輩が勤めている会社に今春入社したばかりの新入社員だ。

其の2歳年上の先輩、五條 幸臣(ゴジョウ ユキオミ)は会社内では私の上司という立場になった。


(はぁ…横っ腹、痛いかも)

お昼休憩を終え、机に座った途端五條さんからいきなり『営業に行くぞ』と云われ連れ出された。

そんな事から現在こうやって五条さんの後を小走りで追いかけている最中だ。

五條さんは私より20㎝も背が高くて、当然足の長さだって違う。

踏み出す1歩の長さが違うのだから其の差は大きくなるばかりだ。

「痛っ」

お昼ご飯を食べたばかりでいきなり体を動かした代償は私に一瞬激痛を与えた。

「十倉?」
「ちょっと…本当、もう少しゆっくり…」

横腹を抑えながら立ち止まっていると、数メートル先に居た五條さんが怪訝な顔つきをして私の元に戻って来た。

「おまえ、体力無さ過ぎ」
「! 体力云々の話じゃないですよ。昼食食べたばかりで急かされたら誰だって横っ腹痛くなるでしょう?!」
「なった事ない」
「くっ!本当五條さん、もう少し女性に優しく接するという事を覚えて下さいよ。学生の時とは違うんですから」
「おまえ以外の女には社会人としての常識の範囲内で優しくしている」
「さ、差別!そういうの良くないんですから!」
「…おまえは変わらねぇな」
「は?なんですって」
「──なんでもない。くだらないお喋りは此処までだ。サッサと行くぞ。先方との約束の時間に間に合わない」
「~~!!」

(鬼!相変わらず見事なまでの鬼っぷりに涙が出そうですよ!!)


大学時代、私が五條さんの秘密を知った時から私はこの人に異様なまでに付きまとわれる事になった。

『誰にも云いませんから』と何度約束をしても聞いてもらえず、其の異常なまでの構いぶりは人生の一大事である就職活動にまで及び、あれよあれよという間に五條さんの勤めていた会社に内定していたのだった。

其の会社は一応きちんとした会社だったので、特になりたい職業がなかった私としてはありがたい事ではあったのだけれど…

(どうして此処まで私に構うんだろう)

五條さんの秘密を知っているからこそ其の理由が解らず、モヤモヤした気持ちはずっと私の中にあったのだった。


18e9abf1.jpg

◆ランキングサイトに参加しています。
1ポチ頂けると執筆の励みになります。

恋愛ランキング
にほんブログ村 小説ブログ 恋愛小説(純愛)へ
にほんブログ村