昔から恋愛対象は同性だった。


「天石さん、落としたわよ」
「──あ」

高校入学の時から密かに想いを寄せていたクラスメイトがいた。

学級委員長の伊東 七海(イトウ ナナミ)だ。

彼女はアウトローなわたしにも他の子同様の態度で接してくれたただひとりの女子。

「其のハンカチ、可愛いわね」
「そう?──おかしくない?わたしのイメージとは違うって思わない?」
「思わないわ。天石さんは一見クールな美しさがあるけれど、本当の内面は可愛らしいんじゃないのかしら」
「…」
「だから其のハンカチはとても天石さんに合っていると思うわ」
「…」

わたしは見てくれの派手さでよく年齢よりも上に見られていた。

良くいえば大人っぽい、悪くいえば擦れている──というイメージ。

だけど本当は可愛いものが好きだった。

女の子を可愛く着飾る事が大好きだった。

そんな私の本当の姿を彼女は見てくれていたのだ。


そんな事があってからわたしと彼女は少しずつ話すようになり、瞬く間に仲良くなった。


ただわたしと彼女ではお互いに抱く感情は違っていた。

彼女はわたしに友情を、わたしは彼女に愛情を──そう、わたしは彼女に燃え上がるほどの恋心を抱いていた。

だけど決して打ち明けていい気持ちじゃなかった。

彼女がわたしの事を友だちとしてとても大切な気持ちを持ってくれる、其の心を裏切りたくなかったから。


そんな苦しい恋を二年程していたある日、彼女から衝撃的な告白を受けた。

「結婚?!」
「えぇ。父方の遠縁の方の紹介なんだけれど…」
「…」

其の話を訊いて初めて彼女の家の事情というものを知った。

彼女の家は起業していた父親が事業に失敗して多額の負債を抱えていた。

其処に父親の遠縁とかいう親戚が勧める結婚相手と彼女が結婚すれば負債を全て肩代わりしてくれるというよくある話だった。

「少し年上の方だけど、とても優しそうな人なの」
「だからってそんなの…おかしいよ!だって七海、夢があるって云っていたじゃない!美容師になりたいって──」
「そうだけれど…私にはふたつ夢があって、其のもうひとつの夢は叶いそうだから」
「…其れは好きな人のお嫁さんになるって事でしょう?七海、本当に好きなの?其の一度会っただけの中年の男の事を」
「えぇ、好きになれるわ」
「!」

凛とした眼差しでわたしを見つめた彼女はもう決めていた。

自分に突き付けられた運命を受け入れながらも、決して流されないという強い意志が其の眼差しから伝わって来た。

其れで終わり、だった。

彼女は高校卒業後、直ぐに遠くに嫁いで行った。

そんな失望感の中、わたしにもひとつの出逢いがあった。

私と同じく同性しか愛せないというゲイの男との出逢いだった。

偶然にも出逢った時、彼もわたしと同じ様な境遇で好きだった人が結婚してしまったと嘆いていた。

行き場のない愛する気持ちを持て余していたわたしと彼は、はずみで一夜限りの関係を持ってしまった。

「ねぇ、もし…もし子どもが出来たら産んでくれる?」
「出来ないわよ、たった一回セックスしただけで」
「だからもしって云っているの。子ども出来たら産んで僕に頂戴」
「…」
「僕、うんと可愛がるから!お願い、産んで?」
「…」

何故か其の時、わたしは彼に子どもを与えるのもいいかも、と思ってしまった。

男しか愛せない彼と女しか愛せない私が結婚する事はないけれど、彼がわたしとの子どもをどう育てるのか見てみたい気になってしまったのだった。


──そしてそんなわたしたちの願いは叶えられる事になる


「えっ!妊娠したの?!」
「…嘘みたいだけど…本当に一回で出来たわ」
「其れは神様が僕と君に必要だって思ったから授けてくれたんだよ!素晴らしい事だよ」
「そういうものなの?」

彼のポジティブな考え方に次第にわたしも子どもを産んで3人で暮らして行くのもいいのかなと思う様になった。

もっとも私は子育てをする気が全くなかった。

七海が叶えられなかった夢をわたしが叶えたいと思って美容師の道を目指していたから。

だから子どもを産んでも子育てをしなくていいという環境は案外いいかもと思ったのだ。


──しかし


「…え」

私が臨月を迎えた頃、突然の訃報が届いた。

彼が死んだのだ。

勤めていたバーで喧嘩をし出した客同士を止めようとして反対に巻き込まれて、其のまま打ち所が悪く亡くなったというのだ。

私は其の想定外の知らせにショックを受け、其れに伴って産気づいて予定日より早く出産してしまった。

赤ん坊は男の子だった。

彼が欲しかった男の子。

生前彼は云っていた。

『子どもが男だったら海斗って名付けていい?』と。

何故其の名前なのかと訊くと、頬を赤らめながら初恋の人の名前だと惚気た。

(…海斗)

わたしは赤ん坊を引き取りひとりで育てるという母性も意欲もなく、其のまま赤ん坊を放棄する事になる。

ただ手放す前に赤ん坊に【海斗】と名付けた。

(わたしはあんたを幸せにする事が出来ない。だから余所で幸せにしてもらいなさい)

わたしは酷い母親だ。

海斗に憎まれても仕方がないと思った。

きっと海斗と逢う事はもう二度とないだろうと思った。

わたしの知らない処でわたしを憎んで、そして幸せになればいいと──其れだけを願った。


子どもを手放したわたしの元に七海から葉書が届いた。

其処にはとても可愛らしい赤ん坊を抱いた七海が写っていた。

【赤ちゃんが産まれました。名前は凪子です】

七海の直筆の文字を指でなぞっている内に自然と涙が零れていた。

わたしはなんで泣いているのだろう?

この涙は誰のために流しているのだろう?

(解らない…何も…解らない…)

七海は嫁ぎ先でとてもよくしてもらっている様だった。

夫となった男性は七海と凪子をとても大事にしてくれると、七海から届く葉書にはいつも柔らかな文字が並んでいた。

そんな七海とのやり取りは彼女が病気で亡くなるまで続いた。

ずっと好きだった七海を失って、生きて行くという意味を見い出せない陰鬱な日々を送っていたわたしの前に驚く再会がふたつあった。

ひとつは七海の娘、凪子が偶然にもわたしが経営する美容院に就職した事。

こんな奇跡はないだろうと思った。

しかも七海の面立ちによく似た凪子の事を七海同様愛おしいという気持ちを抱く様になった。


そしてもうひとつ。


凪子を通してわたしは25年前に手放した息子と出逢う事になる。

最初は【海斗】という名前に驚いたが、直ぐにそう珍しい名前じゃないからと気持ちを誤魔化した。

だけど実際に会って確信した。

凪子が連れて来た海斗は正真正銘私がお腹を痛めて産んだ息子だと。

赤ん坊の頃、たった一週間しか一緒に居なかったけれど解るものなんだと感動すら覚えた。

そうか…

わたしの恋物語はこういう結末を迎えるのだなと思った。


わたしが愛した七海の娘と、わたしが産んだ息子が結ばれる事で気持ちは昇華するのだと──





「ねぇ、洋子さん、何考えているの?」
「…え」

彼女は甘える様にギュッとわたしの腕を取った。

「あたしといるのに他の女の事、考えているぅ」
「…そうね、考えていたわ」
「酷い!あたしといる時はあたしの事だけ考えていて」
「ふふっ、可愛い事云うわねぇ」
「~~なんだかあたしだけが好きで…好き過ぎて悔しい」
「拗ねないで」

彼女の額にチュッとキスを落とすと、トロンとした表情になる。

「あたし…大勢いる洋子さんの恋人の内のひとりでいいから…だから捨てないでぇ」
「…」

わたしには慕ってくれる可愛い彼女が沢山いる。

そんな状況でたったひとりを望んではダメなのだろうなと思った。


(きっとそういう風に出来ているんだわ)


懐かしい想い出を胸に、わたしはわたしに甘えてくれる可愛い彼女を快楽の世界に引きずるためにシーツの波に飛び込んで行った──





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