最近の私は公私共に充実した生活を送っている様な気になっていた。

(仕事もプライベートもいい感じじゃない?)

好きなジャンルの仕事が出来て、私生活だって私のいい様に潤っている。

こんな気持ちは久しぶりだったかも知れない。

思わず鼻歌でも出て来そうな程浮かれた気分で社内の廊下を歩いていると、前方から見慣れた人が歩いて来た。

「あ」
「あら、北森さぁん」

(相変わらずフルメイクの舌足らず口調)

其れは今では我が社のドル箱作家のひとりでもある20歳の志形ナナだった。

「志形先生、お久り振りです」
「本当!お元気でしたかぁ」
「えぇ──今日はどうなさったんですか?」
「先日の取材旅行の報告を含めた作品の打ち合わせにぃ」
「あぁ、そうなんですね。京都、どうでした?」
「うん、すっごくよかったよぉ~色々愉しい事がいっぱいあってね」
「…」

つい先日、作品の取材旅行と称して志形先生は有城くんを指名してふたりで京都に行っていた。

帰って来た有城くんはやけにさっぱりした顔をしていて、私に対して今まで以上に社交的に接する様になっていた。

其処からは私に対して【思慕】という感情は見えなくなっていて少し安心していた処だった。

(この旅行で志形先生といい感じになったのかな)

ぼんやりとそんな事を考えていると

「丁度良かったぁ。はい、これ北森さんにお土産」
「え、私に…ですか?」
「うん。あたしとお揃いですよぉ~ずっと持っていて下さいね」
「…」

志形先生から手渡されたお土産というのは京都にある有名な神社のお守りだった。

(…恋愛成就)

「じゃぁまたねぇ~」
「…はい」

少し鼻につく香水の香りを残して志形先生は去って行った。

私は掌に残ったお守りを何となく眺めてしまう。

(一体どういうつもりでこんなものを私に)

志形先生の気持ちが解らない。


志形先生との付き合いは彼女が高校生の時に送って来た投稿小説を私が読んだ事から始まった。

高校生にしてはやけにドライで大人びいた文章を書くなと思い興味を持ってから、私単独でちょこちょこ接触していた。

だけど私がいくらいいと褒めても当時の上司には彼女の小説の良さを中々理解してもらえなかった。

しかし彼女が別の出版社主催の文藝賞で大賞を取ってから状況はにわかに微妙なものになった。

あれよあれよという間に時の人になってしまった彼女の才能に手をこまねていたうちの出版社は一時期才能を見極める目の持たない編集者ばかりがいる落ちぶれた出版社だというレッテルを張られた。

だけどそんな危機的状況を救ってくれたのは他でもない志形先生だった。

すっかり有名人になった彼女の作品を我が出版社でも取り扱いたいと云って来た幹部の命令で、私は志形先生に頭を下げた。

そんな私に彼女は『いいですよぉ~だってあたしにとって北森さんは最初の人ですからぁ』と云った。

其の云い方に一瞬茫然としたけれど

『北森さんがあたしの作品いいよ、面白いよって云ってくれた最初の編集者さんでぇ、書き続ければ絶対大輪を咲かせるって言葉があったからあたし、書き続けれたんですからぁ』

あっけらかんとそう云って、此方がお願いした執筆を快く引き受けてくれた。

其れ以来、私は志形ナナという作家に頭が上がらない。

其れは決して卑屈な気持ちからじゃなくて、人として私なんかよりもずっと大人の考えを持っている彼女自身の人となりに感服しているのだ。

(才能豊かな人は少々凡人とは違うというしね)

人は時として見た目や喋り方だけで其の人というものを判断しがちだけれど、其れは決していい事じゃないんだと恥ずかしながらこの歳になって学んだ。

だから私は有城くんが志形先生とどうにかなるのを咎めたりしない。

志形先生も有城くんもお互いが真剣ならいいんじゃないかとむしろ応援したい気持ちだった。

00a30
◆ランキングサイトに参加しています。
1ポチ頂けると執筆の励みになります。

恋愛ランキング
にほんブログ村 小説ブログ 恋愛小説(純愛)へ
にほんブログ村