平穏な日常は静かに終わりを告げようとしていた──


「は?恋とセックス特集…ですか?」
「そう、有城の提案なんだけど、どう?」
「…」

いきなり編集長に呼ばれてなんだと思ったら、突然そんな事を云われた。

「なんでもね、官能小説っていうの?其の分野が最近にぎやかなんだって云うんだよ」
「昔から其の手の分野はにぎやかでしたよ。ただ、うちの出版物とはあまり縁がない分野じゃないですか」
「そうなんだよ。お堅い文芸ばかり扱って来たからちょっと抵抗あるんだけどさ、志形先生を筆頭に其の手の作家さんの作品紹介やおススメの官能小説のコメントとか、6ページ前後で構成したいと思うんだよね」
「…はぁ」

(志形先生を筆頭にって)

なんだかこの企画自体に何かある種の企みが含まれているんじゃないかと構えた。

「うちの雑誌もさ、もっと若年層に読んでもらいたい感じじゃない?読者層の幅、広げたいなと思っていたからこの機会にどうかなと思って」
「…編集長がそう思うならいいんじゃないですか?」

編集長の中ではもう決定事項の様だ。

(そりゃそうよね。志形先生が連載の他にページを割いてもいいなんて云ったらそりゃ即OKでしょうに)

「そうか!じゃあこれ、北森と有城とで進めてくれるか?」
「解りました」

ほんの少しだけ煮え切らない気持ちのまま編集長のデスクから離れた。

自分のデスクに戻り、はぁとため息をつくとトントンと机を叩かれた。

「愛恵さん、訊きました?」
「…」

隣のデスクに座っていた有城くんに話しかけられた。

「編集長、OK出してくれましたか?」
「…なんであんな企画を出したのよ」
「え、なんでって愛恵さん、反対なんですか?」
「特にうちで扱うものじゃないと思うわ。そういうのは他の女性誌だってゴシップ誌だって組んでいる企画だもの。なんだかうちの雑誌のカラーとは合っていない気がする」
「そういう考え、世界を狭めている気がするな」
「…」
「僕、色んなリサーチを掛けて来ましたけど、やっぱりそういう企画は購買数を増やすひとつの指針になりますよ。気になる記事観たさにうちの雑誌を買ってくれる人が増えればいいと思いません?」
「其の号だけ買って終わり、ってパターンになりそう」
「だけど反対に雑誌其のものを気に入って買ってくれるきっかけになるかも知れないじゃないですか」
「…」
「兎に角うちの雑誌の存在を知ってもらう事が最優先なんです」
「…解ったわよ、やるからにはきちんとやるわ」
「流石愛恵さん、頼りにしています」
「…」

いつからこんな前向きな意見を云う様になったのだろうと少し感心した。

少し前までは私が指示した事を忠実にこなしているアシスタント的な位置にいた子だったはずなのに。

(成長…なのかな)

ぼんやりと有城くんを眺める。

体の関係を解消した頃から常にある有城くんに対する焦燥感。

其れが一体何なのか未だに解っていない。

(もしかして…子どもが親離れする瞬間に感じる気持ちってやつなのかな?)

そんな知りもしない気持ちにまで考えが張り巡らされる程に燻っていた私だった。

「そうだ、愛恵さん。愛恵さんって官能小説読んだ事ありますか?」
「ない。興味ないもん」
「そうですか、じゃあこれ」
「何」
「今回の企画に参加してもらう予定の作家さんたちの主な作品リスト」
「──はぁ」

有城くんから差し出された紙面には数名の作家の名前と作品タイトルが書かれていた。

本のタイトルを見ただけで其の中身が解るストレートさに少しうんざりしたのだった。

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