其の日はある日突然やって来た。


「愛恵さん、今夜って時間取れますか?」
「えっ、急にどうしたの」

出社したばかりの私に先にデスクに着いていた有城くんが話し掛けて来た。

「実は前からお願いしていた紹介作家の取材、最後のひとりの先生が今夜にしてくれって先刻連絡があって」
「あぁ、そういえば中々捉まらない先生がいたわね」
「そう、八尋先生ですよ」
「…」
「愛恵さん、八尋先生に興味ありましたよね?どうですか一緒に取材、行きませんか?」
「…取材」

例の企画の陣頭指揮を取っていたのは有城くんだった。

ピックアップされた官能小説家達への取材はほぼ全て有城くんひとりが行っていて、私は其の取材レポートをまとめたり紙面構成を考えたりといったデスクワークを請け負っていた。

そんな中、ひとりの作家の取材が予定通り行われない事を有城くんは常々愚痴っていた。

其の件(クダン)の作家への取材がようやく行われるとの事だった。

(八尋先生…か)

最後の作家先生が私の気にかけていた作家だと知って心がざわついた。

八尋 真己という官能小説家を知ってから私は彼女の本を読み漁った。

どれも男性目線の表現で、女の私が読むには時々吐き気がするほどに過激な場面もあった。

嫌いなのに、読みたくないのに、そう何度思っても何故か先へ先へとページをめくる指は止まらなかった。

何故女性なのにこれほどまでに男性目線なのだろうという不思議な引っかかりがあった。

彼女の心の中には一体どんなものが渦巻いているのだろうという事まで気になる始末だった。

そういった面からでも私にとって八尋先生というのは興味深い対象だった。

「…行くわ、取材」
「そうですか、じゃあ17時出発という事でよろしくお願いします」
「了解」


何故か其の日は一日中体が熱っぽかった。

別に体調が悪い訳じゃない。

病による熱っぽさではなく…


(欲情──しているの?)


体が男を求めているかのように火照っている。

そんな感じの熱っぽさだった。


(どうして…)


今すぐにでも抱かれたい衝動があった。

奥深くを突いて、私の中を滅茶苦茶に冒して欲しい感情が渦巻いていた。


(八尋先生に逢えると思うだけで…胸がドキドキしている、の?)


其れはとてもおかしな感情だった。

まるで恋い焦がれてしまっているかの様な気持ち。


(おかしいわ、私…まるで長年の恋人に逢えるかの様な反応を)


本の中を通してしか知らない八尋先生。

素顔の彼女の事は何も知らないというのに、どうしてこんな感情を持ってしまうのか全く解らない私はもどかしい気持ちを抱えながら、約束の時間までやり過ごしたのだった。



そして時間になり、有城くんとふたりで取材場所になるカフェまで来た。

「あ、拙いなぁ、八尋先生もう来ています」
「えっ」

店内に入って開口一番に有城くんが呟く様に云った。

有城くんが慌ててある席に近寄って行った。

私は其の姿を目で追いながら立ち竦んでしまった。

(嘘!)

其の瞬間、私の周りの景色は真っ白になり何もかもが消え失せてしまった──

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