「愛恵さん、此方が八尋先生です」
「…」

立ち尽くしていた私の手を引いて、有城くんは私を八尋先生に紹介した。

「初めまして、八尋です」
「…」

今、私の目の前でにこやかな笑みを浮かべて挨拶している其の人は…

「あれ?どうしたんですか、愛恵さん。大丈夫ですか?」
「…」

私を心配して小さく体を揺する有城くんの掌の感触でハッと我に返った。

「あ…あの…わ、私…」
「北森愛恵さん、ですよね?お噂は有城くんから伺っています。指導の厳しいやり手編集者さんなんですって?」
「…」
「わぁ八尋先生、そういう事本人の前で云わないでください!僕にも立場っていうものが~」
「ははっ、ごめんごめん」

「…」


どうして


どうしてこの人は…


(今、私の目の前にいるの──?!)


「では早速取材を始めさせていただきます」
「お手柔らかに」
「八尋先生については色々噂があって、其れをまずはお訊きしたいのですが」
「噂…というと」
「先生の著書にあるプロフィール画像ですが、其れを観た読者の大半は先生は女性だという認識である訳なんですが、何故あの画像を公表しているのですか?」
「あぁ、あれ。何処でも訊かれるんだけど特に意味はないですよ。ただ濃厚な官能小説を女性が書いていると思わせる方が面白いかな?と思う程度の事で」
「其れはご自身が仕事とプライベートを明確に分けたいという意志の表れでもあるのでしょうか?」
「そうですね。別に知られて都合が悪い訳じゃない。実際コアなファンは八尋真己は男だっていう事を知っている訳だから、絶対隠したい事でもない。男であろうと女であろうと読む人にとっては作家の性別ってどうでもいい事なんじゃないかと思うから」

「…」


あぁ…


どうして気が付かなかったのだろう。


【八尋真己】


【やひろまみ】


(アナグラム──)


私は有城くんと八尋先生の対話をジッと訊きながら、ただ俯いているだけだった。



「八尋先生、今日はどうもありがとうございました」
「いや、此方こそ。いい記事になっているといいです」
「勿論、頑張ります──じゃあ僕、一度社に戻って取材報告を編集長にしますので、愛恵さんはこのまま帰宅してください」
「えっ、私も社に」
「いいからいいから。じゃあ、お疲れ様でした!」
「あっ」

何故か有城くんは私を置いて足早に去って行ってしまったのだった。

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